僕自身は、日記…つけてないから分からないけど。

日記って…こんなに詳細に書くものなんですか?

一日1ページどころか、一日丸々5、6ページは余裕で使って。

一日10ページくらい書いてる日もある。

こんなペースで毎日日記書いてたら、あっという間にノートがなくなりますね。

「これ、萌音の宝物なの」

と、繰り返す萌音先輩。

そ、そうなんですか。

他人の宝物を、不気味とか言っちゃいけませんよね。…ごめんなさい。

「萌音先輩に、日記をつける習慣があったとは…」

「日記って言うか…。…このノートはね、萌音が生きてる証なんだよ」

…は、はい?

何だか突然、スケールが大きくなってきた。

「普通に生きてるだけで、人間ってその日にあったことをほとんど忘れちゃうでしょ」

そうですね。

そこそこ有名な話だけど、人間はその日に覚えたことを、24時間後にはおよそ70%も忘れてしまうのだとか。

エビングハウスの忘却曲線って言うんだけど。

以前、心理学関係の本で読んだことがある。

人間の頭って意外とポンコツなんだなぁって。

確かに、僕だって昨日の昼食…ならまだしも。

一週間前、ましてや一ヶ月前の昼食なんて、聞かれても覚えてませんもん。

「それって勿体ないと思わない?一日の間に色々なことがあって、その度に嬉しかったり悲しかったり、怒ったりびっくりしたりするでしょ。その時の感情を、明日になったら忘れちゃうなんて」

「そ、それは…」

仕方のないこと…だとは思いますけど。

でも、勿体ないという気持ちも分からなくはない。

「萌音は何も忘れたくない。自分がこの日どんな風に生きてたのか、ってことを忘れたくないの」

「…」

「だから、会話の内容も出来るだけ記録するようにしてるの。誰とどんなお話をしたか、って。その人が明日、明後日、生きてるとは限らないでしょ。だからその人が死んじゃったら、もう二度と新しい思い出は作れなくなるから」

…確かに。と思ってしまった自分がいる。

「その人が生きてたっていう証。その人と萌音の間にどんな関わりがあったのかってことを忘れない為に、こうして毎日、萌音が生きてる証を残しておくの」

「…成程…」

なんて言うか…ちょっと…。

…重い、ですね。

忘れたくないことを忘れない為に、全部日記に残してるってことですか…。

「それに、李優のことも」

「…佐乱先輩の?」

萌音先輩は、自分の恋人のことを口にした。

そういえば、このノート。

一日の記録は勿論のこと、佐乱先輩のことがたくさん書いてあるんですよね。

こんな話をしたとか、一緒に何をしたとか。毎日、詳細に。

佐乱先輩に関しては、恋人だから特別、といったところか。