ノートが無事に返ってきた久留衣先輩は、ほくほく顔であった。

「良かったー、ノートが無事で」

本当に良かったですね、久留衣先輩。

「昨日おうちに帰ってノートを開いたら、全然別のことが書いてあったから、びっくりしちゃった」

あぁ、成程分かりますよ。僕も昨日同じ目、

…。

…ん?

何だか、背筋が冷たくなってきた気がする。

「そういや、萌音。お前、自分のと間違えて誰かのノートを持って帰ったんだよな?」

「うん。そうだよー」

「じゃあ、萌音が間違えて持って帰った、そのノートの持ち主は?」

や、やっぱり…。

そういうことだったのか。

僕は間違えて、久留衣先輩のノートを持って帰り。

代わりに久留衣先輩が、僕のノートを…。

一瞬、素知らぬ顔をしようかと思った。

しかし、そういう訳にはいかなかった。

「…大丈夫ですか小羽根さん。何だか顔が青いですよ」

弦木先輩に気づかれてしまった。

ぎくっ。 

「あぁ、あれってもしかして小羽根君のノートだったの?」

「そ、それは…!」

「ほら、これ」

久留衣先輩は、自分の鞄からノートを取り出した。

それは紛うことなく、昨日帰ってからずっと探していた、僕のSF小説ノートだった。

あのノートが他人の手に渡っているのを見て、思わず目眩がしそうになった。

「これって小羽根君の?中…」

「あ、あぁぁ開かなくて良いですから!」

あろうことか、皆の前でノートをご開帳しようとする久留衣先輩を、必死で、全力で止める。

「あ、やっぱりこれ小羽根君のなんだー」

ぐ、ぐぬぬ。

「は、はい…。僕のです…。返してもらえますか…?」

「そっかー。じゃあ返すね」

久留衣先輩は、素直にノートを手渡してくれた。

ようやく僕の元に帰ってきた。僕の小説ノート。

それは安心したけど。ホッとしたけども。

しかし、どうしても確かめなければならないことがある。

「やれやれ。お互いのノートが反対になってたのか…。ややこしいことになったもんだ」

「自分の持ち物はちゃんと確認しないと駄目ですね」

「まったくだなー」

えぇ、それはもう…今年の抱負にします。

そもそも、中二病ノートを学校に持ってきてはいけない。

それがよく分かりました。

「…あの、久留衣先輩」

「なーに?もう萌音ちゃんって呼んで良いよ」

いや、さすがに年上の女性をちゃん付けは無理です。

しかも彼氏持ちなのに。

「つかぬことをお聞きしますが…。この…僕のノート、中身、見ました…?」

「ほぇ?」

ほぇ、じゃなくて…。

もし久留衣先輩が、「見たよー」と言ったら。

僕は今すぐ、ノートの中身を決して誰にも言い触らさないよう、久留衣先輩に土下座しなくてはならない。