「え、えぇと…」

大丈夫ですか、とお取り込み中ですかと聞こうと思ったら。

僕の姿を見つけるなり、久留衣先輩がガバッと顔を上げた。

お、おぉ?

「小羽根君。小羽根君!」

「は、はい?」

久留衣先輩は立ち上がって、こちらに向かって駆けてきた。

び、びっくりした。

「萌音の宝物。萌音の。大事なの、持ってる?」

「え、えぇ?」

「小羽根君、持ってたら返して欲しいの。萌音の宝物だから」

そんな、手をぎゅっと握って頼まれても。

一体何のことか、僕にはさっぱり…。

「ちょっと萌音、落ち着け」

久留衣先輩の後ろから、佐乱先輩がやって来て止めてくれた。

「あ、あの…。佐乱先輩、これは…?」

「済まんな、驚かせて…。ちょっと今、萌音が緊急事態でな…。何とかしようと思って、皆で色々手を尽くしてたんだ」

は、はぁ…。

「心当たりは手当り次第、と思って…実は昼休みに、お前のクラスを訪ねたんだがな」

「えっ。そうなんですか?」
 
「あぁ。でも居なかったもんだから…。余計に萌音がパニック起こして」

そ、それは大変申し訳ない。

知らなかった。昼休みに先輩が教室に来てたなんて。

そうとも知らず、僕は…。

「す、済みません。昼休みは図書室に行ってて…」

「そうだったのか…。いや、お前は悪くないから、別に謝らなくて良いんだ」

そうだとしても、やっぱり申し訳ない。

そ、それはそれとして。

「あの…久留衣先輩、一体…」

「萌音の大事にしてたノート、なくなっちゃったの」

と、半泣きの久留衣先輩。

…ノート?

って、もしかして…。

「昨日まであったのに…。どれだけ探しても見つからないの」

「元気出せって、萌音ちゃん!購買でパン奢ってやるから。パンとアイスも奢ってやるから!」

「大盤振る舞いですね。それで元気を出してくれると良いんですが」

「…しょぼーん」

どうやら、購買のパンとアイスクリームじゃ元気は出ないようです。

「泣くな、萌音。ほら、涙拭けって」

「ふぇぇ…」

優しい佐乱先輩が、ハンカチで久留衣先輩の目をそっと拭ってあげていた。

「パンとアイスじゃ駄目なのか…。じゃ、プラス、コーヒーゼリーでどうだ…!?」

「ますます大盤振る舞いですけど、果たして効果は…?」

「…しゅーん」

「…やっぱり駄目みたいですね」

あ、あのー…。

先輩達が必死で、何だか申し訳なくなってきましたが…。

「久留衣先輩、あの…」

「萌音はもう駄目だ…。全部忘れちゃうんだ…。無かったことになっちゃうんだ…」

「…あの。僕、持ってます。多分久留衣先輩のノートだと思われるもの…」

「…!!」

久留衣先輩は、しゅばっ、と顔を上げた。