「そのこと」に気づいたのは、部活を終えて、無悪の屋敷に帰ってから。

今日は特にやるべき宿題もないので、しばらく読書をしようと思った。

ほら、この間加那芽兄様が海外出張のお土産に買ってきてくれた、外国語の本。

加那芽兄様は僕を買い被ってるから、「小羽根でも読めるよ」と言ってくれたけど。

やっぱり難しくて、所々辞書を引きながらじゃないと読めなかった。
 
でも、内容は素直に面白いです。

もうちょっと読みやすかったら、もっと面白かっただろうに。

辞書を頼りにしながら、しばらく頑張って読んでみたけど。

段々頭が痛くなってきたので、これ以上の読書は断念。

特に解釈の難しそうな長文が出てきてしまって。

辞書を引いてみたけど、やっぱり分からない。

…これは、加那芽兄様に聞くしかなさそう。

しかし残念ながら、今夜は加那芽兄様は屋敷にいらっしゃらない。
 
仕事が長引いていて、帰りは明日の朝になりそうだって、連絡が。

「…はー…」

…仕方がない。加那芽兄様がお戻りになるまで、しばらく読書は中断しよう。

ならば、気分を変えて。

読むのが無理なら、書けば良い。

そこで、書きかけのSF小説の続きを書くことにした。

昼間、部活中に第二章のプロットを練ったから。

僕は学生鞄の中に手を突っ込み、小説用の大学ノートを取り出した。

そこで、僕は違和感に気づいた。

「…あれ?」

…ノートの表紙に、見覚えのない小さなシミのような汚れがあった。

…こんな汚れ、ついてたっけ…。

と思いながら、ノートを開いて驚愕した。

目の前に、まったく見覚えのない文章が飛び込んできた。

「えっ…」

僕、こんなこと書いたっけ?

と言うか、筆跡がまったく自分のものじゃなかった。

これ…誰のノート?

ぱらぱらとページを捲ってみたけど、やっぱり見覚えがない。

何故か、他人のノートが自分の学生鞄の中に入っている。

何で?いつの間にこんな怪奇現象が…と、思ったけど。

「…あ」

一つ、心当たりを思い出した。

そうだ。もしかして、昼間。

久留衣先輩が、学生鞄の中身をテーブルにぶちまけた時。

あの時、僕は間違えて、久留衣先輩のノートを自分の鞄に入れてしまったのか。

そんなことってある…?

「…ってことは、これは久留衣先輩のノート…」

…済みません。勝手に中、見ちゃいました。

…あれ?じゃあ僕の小説ノートは何処に?

慌てて、鞄の中を探ってみたけど。

僕の小説ノートは、何処にも見つからなかった。

「…」

思わず、顔が真っ青になった。