「佐乱先輩…。家庭科、選択されてたんですか」

何だか意外。

と、思いきや。

「いや、選択はしてないけど…。ソーイングセットだけは、持ち歩くようにしてるんだ」

えっ。

家庭科を選択してないのに、ソーイングセットを持ってるんですか?

佐乱先輩は、学生鞄中からサッとソーイングセットを取り出し。

慣れた手付きで、糸を針の穴に通していた。

「昔っから、萌音はそそっかしいからな…。ポケットに穴開けたまま歩いてたり、ボタンが外れてたり…」

そ、それは…そそっかしいの域を超えてますね。

「危なっかしくて放っとけないから、俺がソーイングセットを持ち歩くようにしたんだよ」

「李優は凄いんだよ。指切ったら絆創膏くれるし、上着にタグつけたまま外に出たらハサミで切ってくれたり」

「お前は昔からそうだよ。ボタンくらいならまだ可愛いもんだ。スカートのホックが外れっぱなしで歩いてるのを見た時、俺はこいつを一人で外出させたら駄目だと確信した」

それは大事件ですよ。

…うっかり大惨事にならなくて良かったですね。

それなのに、久留衣先輩は照れたように笑っていた。

「えへへー」

「違う。褒めてるんじゃないんだよ。頼むからもう少し身だしなみに気をつけてくれ」

切実ですね。

成程…。そういう経緯で、佐乱先輩は自然と、物持ちが良くなったんですね。

「ほら、鞄をこっちに寄越せ。中身を全部出してな」

「うん、分かったー」

久留衣先輩は、素直に返事をして立ち上がり。

テーブルの上に、鞄を逆さまにした。

ドサドサドサ、と中に入っていたペンケースやテキスト、ノートが落ちる。

僕の方にまで、テキストの雪崩が。

「ちょ、雑!もっと丁寧に出せよ」

「はい、空っぽになったよ」

「はいはい、ったく…」

中身を空にしてから、穴の空いた学生鞄を受け取り。

佐乱先輩は、相変わらず慣れた手付きで穴を縫い始めた。

「凄い…。手先、器用ですね。佐乱先輩…」
 
「このくらい、習えば誰でも出来るよ」

なんて言いながら、ちょいちょいと縫い付けて、あっという間に穴が塞がった。

「ほら、直ったぞ」

「わーい。ありがとう李優。大好きー」

ぎゅー、と佐乱先輩に抱きつく久留衣先輩。

「畜生、見せつけてくれるぜ…。どうする?このリア充共。後輩君、悪いんだがダイナマイト持ってきてくれない?」

「…ある訳ないでしょう、そんなもの…」

まぁ、リア充のお二人が眩し過ぎるという、その気持ちは分かりますけどね。




…しかし。

この出来事がきっかけで、僕の黒歴史が明かされることになると、この時に知っていたら。

本気で、ダイナマイトを探しに行っていたかもしれない。