人様の教科書に、勝手にへのへのもへじを書き込むとは。

これがただのクラスメイトだったら、許されざる所業だが。

「見てー。上手に描けたよ」

「ったく、お前って奴は…。油断も隙もない」

この程度で許されるのが、恋人特権である。

イチャイチャしてるのを、目の前で見せつけられてる気分。

それを良いことに、久留衣先輩は調子に乗る。

「こっちにも描こーっと」

「あ、こら。こっちは明日提出するノート…」

「見て見てー。ヒゲの生えたへのへのもへじ」

「お前、この…消しなさい」

かろうじて、鉛筆で書いているのが救いか。

ボールペンや油性ペンだったら、取り返しがつかなくなるところでしたよ。

「もー、仕方ないなー」

怒られていることを自覚していないのか、久留衣先輩は呑気な顔で、消しゴムでごしごし。

しかし。

「ちょ、おま。それ俺の消しゴム。自分のを使えよ」

「だって、自分の消しゴムどっか行ったゃったんだもん」

「何処にやったんだよ…。また鞄の中に無造作に入れたんだろ」

「そんなことないよー」

「ちょっと見せてみろ…。って、お前、ここ」

佐乱先輩は、久留衣先輩の鞄を見て、とあることに気づいた。

「ふぇ?」

「…穴開いてんじゃん」

え?

言われて、僕も見てみると。

確かに、久留衣先輩の学生鞄の隅っこの方が、ビリッと破れて、親指大くらいの穴が開いていた。

…あらら。

「お前、これ…どっかに引っ掛けただろ…」

「そうだったかな?んー、覚えてない」

「ったく…。いつから穴開けたまま使ってたんだ?」

呆れる佐乱先輩。

何だか、佐乱先輩…。久留衣先輩の彼氏って言うより…お母さんみたいですね。

いつから、穴を開けたまま使っていたのか。
 
もしかしたら消しゴムも、その穴から落っこちて紛失した可能性がある。

「すぐ穴を塞がないと、浸食が進む可能性がありますね。ソーイングセットを持ってたら良かったんですが…。生憎、俺、家庭科を選択してないからソーイングセット持ってないんですよね」

と、弦木先輩。

「小羽根さん、家庭科選択してます?」

「あ、す、済みません…。僕、美術なので…」

家庭科の授業は選択していないんです。

従って、ソーイングセットも持っていない。

「いえ、別に小羽根さんが悪い訳ではないので。謝らなくて良いですよ」

「は、はい…。えっと、保健室に行って借りてきましょうか?」

多分、保健室に行ったら借りられるんじゃないだろうか。

あるいは、家庭科の先生に事情を説明すれば…。

…と、思ったが。

「大丈夫だ。ソーイングセットなら、俺が持ってる」

思いがけず、佐乱先輩が自分の学生鞄の中から、サッとソーイングセットを取り出した。

…おぉ。