「…という経緯で、料理研究部に入ることになったんです」

『…ふむ…。成程…』

「だから、いじめとかそういうことじゃないんです、本当に。…分かってもらえましたか?」

ここまで懇切丁寧に説明したのだから、分かってもらえなかったら困る。大層困る。

すると、加那芽兄様は。

『天方まほろ…。弦木唱、佐乱李優、久留衣萌音だね?』

「え?はい、そうですけど…」

『よし。分かった、記録しておこう』

と言って、加那芽兄様は紙に記録しているらしく、メモ用紙をちぎる音や、ペンをサラサラと動かす音が聞こえてきた。

…。

「…一体何の記録ですか?」

『何、気にすることはないよ。小羽根と交友関係のある者の名前は全員記録し、興信所に依頼して素性を調べることにしているんだ。小羽根に悪い虫がついたら困るからね』

爽やかな声で、何をとんでもないことを言ってるんですか。

気にしますよ。
 
「そんなことより、加那芽兄様…」

『四人か…。一気に増えたものだね。ついでに小羽根と同じクラスの学友達についても興信所に依頼して素性を調べ…』

「兄様、僕の話を聞いてください」

恐ろしいことを言わないでください。クラスメイトの素性を…何ですって?

冗談のつもりなんだろうか。全然冗談に聞こえないが。

『勿論、小羽根の話なら何でも聞くよ。どうしたんだい?』

「いえ、その…。…謝ろうと思って…」

『謝る?小羽根が私に何を謝るんだい?』

それは…。だから、その…。

「加那芽兄様のように美術部に入るか…。あるいは、部活度には参加せずに、勉学に集中するつもりだったのに…。成り行きで…違う部活動に入部してしまって…」

『…』

「…だから、その、済みませんでした」

これが普通の、一般家庭の子供だったら。

本人の好きな部活動に参加する権利がある。どの部活に入部しても、あるいはどの部活にも入部しなくても、それは本人の自由。

だけど、ここは無悪家の屋敷で、僕は現『無悪グループ』代表代理の弟だから。

僕の言動の一つ一つに、無悪家の人間としての責任が付きまとう。

確かに僕は、優秀な加那芽兄様とは比べ物にならない、それどころか足元も及ばないみそっかすだけど。

せめて加那芽兄様の恥にならないよう、自分に泊をつける為に、慎重に部活動を選ぶつもりだったのに…。

成り行きで、うっかりこんなことになってしまって…。

これじゃあ、加那芽兄様の顔に泥を塗るようなものだ。

だから、それを謝りたかった。 

いつまで経っても僕は、加那芽兄様の優しさに甘えるばかりで、足を引っ張ってばかりだ…。

…それなのに。

『…何度も言ってるだろう?小羽根。君は君だ。私の立場や面目など、君が考える必要はないんだよ』

加那芽兄様は静かに、そして優しくそう言った。

…兄様はいつもそう。僕がいくら兄様の顔に泥を塗る真似をしても、いつも優しくそれを許してくれる。

出来損ないの僕を、出来損ないと罵ることは決してしない。

だからいつも、僕はそんな加那芽兄様の優しさに甘えてしまうのだ。