僕の書いた本、とは。

勿論、僕が執筆、出版した本ではない。当たり前だけど。

そうじゃなくて…僕が、普通の大学ノートに書き散らしている…自作の小説のことである。

思春期における多くの創作物においてそうであるように、僕の小説も恥ずかしい黒歴史である。

趣味で書いて楽しむ分には良いけど、人様に読ませるようなものではない。

僕はその…昔から本が好きだった、って話を前にしたでしょう?

その影響か、小学生くらいの時から、自分でも小説を書きたくなって。

何となく思いついた脳内小説を、ノートに書き始めたのが最初のきっかけである。

ちなみに、当時書いてたジャンルはファンタジーモノだった。

魔法使いの主人公が、色んな仲間達に助けられながら、お菓子の国を旅するという意味不明なファンタジー小説。

お笑い要素あり、感動要素あり、何なら恋愛もありという、小説ネタの福袋みたいな作品だった。

ただ書いてる分には、楽しかったんだけど。

とてもではないが、人に読ませるものではない。

その為、学校の自由時間とか、宿題の合間とか…時間の空いた時にだけ、書いて。

あとはずっと、学生鞄の隅っこに入れっぱなしにして、誰にも見られないようにしていた。

盗み見られる心配などは、特にしていなかった。

僕のノートを盗み読みしたがるようなもの好き、学校にも無悪の屋敷にも、何処にもいないと思って。

…加那芽兄様以外は、なんだけど。






あれは確か、小学6年生くらいの時。

あの日僕は、朝学校に行く時、ついうっかり小説ノートを自分の机の上に置きっぱなしにして、出かけてしまったのだ。

普段なら、それでも別に構わないはずだった。

僕のノートなんて、盗み見するような人はいないと思い込んでいたから。

故に。

放課後、学校から無悪の屋敷に帰って。

自分の部屋の扉を開けるなり、僕のノートを開いてガン読みしている加那芽兄様を見つけて、僕は素っ頓狂な叫び声をたげた。

「え、ひ、ひやぁぁぁ!?」

「ん?あぁ、小羽根お帰り」

加那芽兄様は、僕のノートを手ににっこりと微笑んだ。

そんな涼しい顔して、お帰り、じゃないですよ。

勝手に僕の部屋に侵入して、それどころか僕のノートを勝手に開いている。

いや、それは確かに、ここは無悪家の屋敷で、加那芽兄様はこの屋敷のご当主なんだから。

どの部屋でも、好きなように入る資格があるとは思うけど。

だからって、勝手に人のノートを盗み見るのは…さすがに、趣味が悪いのでは?

僕は、慌てて加那芽兄様に駆け寄り。

「か、か、返してください!」

と叫んで、ノートを引ったくろうとしたのだが。

「おっと。危ない」

加那芽兄様は、僕の伸ばした手をすいっ、と華麗に回避。

今も昔も、すらりと背の高い加那芽兄様が、ノートを高く持ち上げた。

こうされてしまうと、当時6年生だった僕は、背伸びしても届かない。

「ちょ、か、返してくださいって…!」

「待って小羽根。今良いところなんだよ。主人公とヒロインの女の子が、焚き火を囲んで甘酸っぱい雰囲気に、」

「いやぁぁぁぁ!」

顔から火が出る、というのはこういう時のことを言うんだなって、分かった。