あの頃は、悲しいことが立て続けにいっぱい起こった。

それまでの、ささやかだけど幸せだった毎日を不幸で上塗りするみたいに、悲しいことがたくさん起きた。

優しかった母が突然、不幸な事故で死んでしまって。

それまで母しか家族のいなかった僕は、あっという間に一人ぼっちになった。

父親の存在は知らなかった。会ったこともないし、自分の父親が何処にいるのか、母に尋ねたこともない。

…いや、全く尋ねたことがない訳じゃない。正しくは、ほんの数回ほど母に尋ねた覚えがある。

小さい頃、幼心に家に父がいないのが不思議で、「僕のお父さんは何処にいるの?」と、舌っ足らずに尋ねたのを覚えている。

でもその時、それまでにこにこしていた母が突然、表情を曇らせ。

どう答えたら良いのか分からない、みたいな顔をして。

「いつか小羽根(こはね)が大きくなったら、ちゃんと教えてあげるわ」とだけ言った。

普通だったら、そんな子供を言い含める時の常套句では納得しないだろう。

だけど僕は、素直に頷いて、それ以上何も聞かなかった。

そう答えた時の母の表情が、見たことがないくらい辛そうだったから。

幼心に、「父のことは聞いちゃいけないんだ」と理解した。

だから聞かなかった。母が言った通り、自分がもっと大きくなった時に、母はちゃんと教えてくれるだろう。

そう納得して、それ以上は何も聞かなかった。父親のことは、何も知らなかった。

顔も名前も、生きているのかどうかさえ。

でも、今思えば、あの時無理をしてでも母に聞いておくべきだったのだ。

その後すぐに母は事故死して、結局母の口から、僕の父について聞く機会は、永遠に失われた。

その代わりに僕は、母が死んでから、自分の父親の正体について、嫌と言うほど思い知らされた。

…恐らく、考え得る限り最悪な形で。