この時の私は、鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。

おい、何者だ。私の小羽根を泣かせたのは。

取引先のマフィアに頼んで、抹殺してもらおうか。

「どっ…どうしたの?小羽根…」

「か…加那芽兄様…」

涙ぐんだ上目遣いに、思わずノックアウトされそうになりながら。

私はお土産の画集を放り出して、慌てて小羽根に駆け寄った。

え?古書店に取り寄せてもらった大事な画集じゃないのか、って?

小羽根の方が遥かに大切だから。優先順位が違う。

「一体どうしたの?何処か痛い?」

「…」

ふるふる、と首を横に振る小羽根。

痛い訳じゃないんだ。良かった。

いや良くない。小羽根が泣いてるんだから、良い訳がない。

「何かあったの?私がいない間に、誰かに酷いことをされた?」

もしそんな輩がいるなら、やっぱり取引先のマフィアに頼もう。

小羽根を泣かせる奴なんて、この世に生きている資格はない。

「ち…違うんです…」

「そうなの?じゃあどうしたの?加那芽兄様に話してご覧」

すると小羽根は、相変わらず涙ぐみながら。

膝の上に置いていた、分厚い本を抱き上げた。

「この…本が…」

「え、本?」

「加那芽兄様のお部屋にあった本…」

「…」

…もしかして、本に泣かされたの?

しかも、私の部屋にあった本…。

…なんてことだ。

それじゃあ、間接的に、小羽根を泣かせたのは私ってことになるじゃないか。

そうか…。マフィアに依頼して…私を暗殺してもらうしかないか。

「小羽根を泣かせるなんて、けしからん本だ…。一体何の本なの?」

「これ…」

小羽根が、その本を差し出してくれた。

恋愛モノだろうか。それともノンフィクション小説?

恋人が死別したり、家族が離れ離れになるストーリーだろうか。

感動小説にありがちなストーリー。

でも…私の書斎にそういう…所謂「泣ける本」なんてあったかな。

私自身がそういう小説をあまり好きじゃないから、全然記憶に残ってない。

もしそんな小説があるのなら、全部撤去しよう。

どんな理由があれど、小羽根を泣かせる本はけしからん。

しかし、小羽根が差し出したその本は、感動小説ではなかった。

「…この本…」

これは覚えてるよ。私も何度か読んだことがある。

「泣ける本」じゃなくて、ノンフィクションの歴史文学。

某世界大戦中に起きた、とある民族の大虐殺に関する本だった。

その民族であるというだけで、差別されて石を投げられ、職場からも学校からも追い出され。

高い塀に囲まれたゲットーに入れられたり、収容所に送られて、強制労働をさせられたり…。

作者自身が経験した戦争中の話を、伝記としてしたためたものを翻訳した、歴史文学。

…成程、そう来たか。