「えぇっと…その…『frontier』っていうアーティストの曲を…」

いつもクラシック音楽しか聴かない加那芽兄様にとっては、『frontier』と言われてもピンと来ないですよね。

何をけったいなものを、と眉をひそめられるかと思ったが。

「え、『frontier』…?小羽根、『frontier』が好きだったのかい?」

「えっ?」

加那芽兄様が驚いたようにそう言い、僕も驚いた。

「加那芽兄様、『frontier』を知ってるんですか?」

「あぁ、知ってるよ。インターネット出身の、若者に人気のアーティストだろう?」

まさか。

知らなかったのは僕だけで、加那芽兄様も知ってたんですか?

「…意外です…。加那芽兄様、クラシック音楽にしか興味がないのかと…」

「そんなことはないけど…。…小羽根、どうやら何か誤解しているようだね」

え、誤解?

「私の趣味と言うより…その『frontier』というアーティストの所属事務所に出資しているスポンサーと知り合いでね」

「あっ…」

「『frontier』絡みで、何度か一緒に仕事をさせてもらったことがあるんだ」

そ、そういうことだったんですか。

加那芽兄様が『frontier』を好きだから知ってるんじゃなくて、お仕事の関係で…。

全然知らなかった。加那芽兄様は、僕にあまり仕事のことは話してくれないから…。

「そうだったんですね…。そうとも知らず、僕…変な誤解をして…」

「いや、良いんだよ。そのスポンサーというのが、またちょっと癖のある人でね…」

「え?」

「あぁ、いや。小羽根は知らなくて良い」

失言だったとばかりに、加那芽兄様は言いかけたことを引っ込めた。

こうなると、加那芽兄様は絶対に話してくれない。経験則。

「それよりも…小羽根が『frontier』に興味があったとは」

「え、あ…。えぇと…」

僕が興味があると言うか…正しくは、天方部長に勧められたんですけど…。

でも、こうして『frontier』の曲を聴いて感銘を受けているのだから、既に僕も『frontier』のファンの一人ですね。

「はい…。凄く良い歌だな、って…」

「仕事の関係で、私も聴いたことがあるよ。若者の心に寄り添った、良い曲だよね」

良かった。加那芽兄様もそう言ってくれて。

まぁ、加那芽兄様はもとより、僕が興味を持ったものがあれば、何でも肯定してくれますけどね。

昔からそうですよ。僕が興味を持った本があれば、一緒にその本を読んで共感してくれるし。

僕が好きだと言った食べ物があれば、一緒に食べて「美味しいね」と言ってくれる。

そういう人ですから。

…すると、加那芽兄様は何かを思い出したように、ぽんと手を打った。

「あぁ、そうだ。この間もらったアレ…小羽根が『frontier』を好きなら、小羽根にあげようかな」

「はい?」

「ちょっと待っていてくれるかい?小羽根。君にあげるものがある」

そう言って、加那芽兄様は音楽室を出ていった。

…?