『frontier』なるアーティストのライブに、どうしても行きたかったんですね。それは分かりますよ。

何としてもチケットを手に入れたかったんですね。それも分かりますよ。

それなのに、チケットの販売開始時刻と、授業の時間が被ってしまったんですね。それは残念でしたね。

そういうこともあるでしょう。それは仕方のないことです。

…でも。

だからって、授業中にスマホを出して、チケット争奪戦に参加しようなんて。

それは駄目ですよ。…一発アウトです。

他の先輩方が、さっきから天方部長に塩対応を決め込んでいる理由がこれですよ。

「テキストでバリケードを作って、授業中にスマホをコソコソ触るなんて…。恥ずかしくないんですか?」

「ぐっ…!どストレートに正論がいてぇ!」

当たり前ですよ。

授業中にスマホを触っちゃいけない。小学生でさえ、そのくらいのルールは弁えてますよ。

さっきから天方部長、現行犯逮捕した先生のことを恨んでますけど。

むしろ、放課後までの没収で済んで良かったですね。

先生のせめてもの情けですよ。

「あぁ〜…!『frontier』のライブ…行きたかったー…!」

ぐでーん、とだらしなくテーブルに突っ伏して、情けない声で叫ぶ天方部長。

…心配した僕が馬鹿でしたよ。

自業自得なので、このまま放っとこうかな。

と、思いましたけど…。

…ずーん、と落ち込んでいる天方部長を見ていると、突き放すのも気の毒になってきますね。

この間の、全国模試の件で…先輩方にも心配をかけてしまったし…。

「…そんなに落ち込まなくても。ライブなら、きっとまた次の機会がありますよ」

僕は、そう言って天方部長を励まそうとした。

しかし、それは逆効果だったようで。

「次の機会?ねーよ!記念ライブは一回こっきりなの!」

そ、そうなんですか。

安易な励ましは、むしろ地雷を踏みかねないらしい。

「ライブ当日に発売するアルバム、会場で買えば『frontier』の直筆サイン入りなんだぜ?ライブに行けない自分には買えないんだぜ?こんな悲しいことがあるかよ…!?」

「は、はぁ…。普通の…サイン入りじゃないアルバムでも良いじゃないですか。どうせ、中身は同じなんでしょう…?」

などと、つい本音が出てしまったら大変。

「違うに決まってるだろ!サイン入りもサイン無しじゃ、カニとカニカマくらい違う!」

唾を飛ばされながら怒られた。そ、そうなんですか。

カニカマとカニは…違うものですけど、味は似ているのでは…?

「あぁっ…欲しかった。ライブ会場でサイリューム振りながら、手ぇ叩いて一緒に歌いたかった…!」

「…そうですか…」

…サイリュームって何なんですか?

とにかく、天方部長が凄く悔しそうなのはひしひしと伝わってきますね。

「まぁ、その…今回は仕方なかったということで、諦めましょうよ。記念ライブ…はもうないかもしれませんけど、来年になったらまた別の…」

「…後輩君。さっきから君は、『frontier』のライブがいかに貴重な機会であるかを理解していないようだな」

ぎくっ。

励ますつもりが、またしても地雷…踏んじゃいました?