いつもクールな加那芽兄様が、今日ばかりは顔が真っ青になっていた。

加那芽兄様は今日、地方に出張に行っていたはずじゃ…。

「志寿子から、小羽根が救急車で運ばれたと聞いて…高速道路をすっ飛ばして、急いで戻ってきたんだよ」

「そ…そうだったんですか…」

「あんまり驚いて、二、三回逆走したような気がする」

お願いですから、安全運転で戻ってきてください。

お願いですから。

…って、それもこれも僕のせいですよね。

「大丈夫です…。その、ただの過労ですから…」

「ただの!過労!救急車で病院に運び込まれたのに、『ただ』なもんか。今朝、様子がおかしいと思ったら…。やっぱり休ませるべきだった」

う…。

でも、今朝の時点でいくら加那芽兄様に止められても、きっと僕は意地になって、聞き入れなかっただろう。

今となっては、自分が如何に愚かだったか、痛いほど理解出来る。

「毎日、夜更かしして勉強ばかりしてたからだろう?体調を崩したのは…」

「は…はい…」

「まったく…。努力と無理は違うものなんだよ。小羽根は賢いから分かっていると思ってたんだけどね」

うぐっ…。

い、痛いところを突かれてしまった。

「大体、そんな無理をして、仮に模試で良い点数を取れたとしても、それは一時的なものだよ。継続出来なければ、一時的に点数が上がっても何の意味もない。そうだろう?」

「…仰る通りです…」

「一体どうしてまた…そんな無謀なことをしたんだい?自分の限界くらい、自分で分かっていただろうに」

それは…。…その…。

大変…言いにくいんですが…。

「…の、ように、なりたくて…」

「なんて?聞こえないよ」

「僕も…加那芽兄様のように…なりたくて」

「…私に…?」

僕はベッドに上半身を起こして、こくりと頷いた。

奥様に言われた言葉が、心の中に引っ掛かっている。それは確かだ。

でも、それだけではない。

幼い頃から僕はずっと、屋敷の人や、屋敷を訪ねてくる人達に、嫌と言うほど聞かされてきた。

加那芽兄様が僕と同じ歳の頃、如何に優れた偉業を成し遂げたか。

腹違いとはいえ兄弟なのに、加那芽兄様は天才で、僕は凡人。

僕はずっと、そんな加那芽兄様が憧れだった。僕も加那芽兄様のようになりたかった。

凡人の僕にはそんなこと到底不可能だけど、でもせめて、少しでも加那芽兄様に近づきたかった。

加那芽兄様にとって、恥じない弟になりたかった。

必死に努力すれば、寝る間も惜しんで、食事をする時間も惜しんで努力すれば、自分も少しなら、加那芽兄様のようになれるんじゃないかと思って。

意地になって頑張ったけれど…結果はご覧の通り。

クラスメイトどころか、全校生徒の前で恥を晒し、先生方や病院に迷惑をかけ。

挙げ句、加那芽兄様に心配をかけてしまった。

…本末転倒とは、このことである。