「精が出るね、小羽根…。何やってるんだい?」

「あ、え、えぇと…。ちょっと、勉強してただけです」

難しい数学の問題に四苦八苦してました、と言うのも恥ずかしく。

言葉を濁して、そう答えた。

「勉強…!小羽根は偉いね。学校で勉強して、家に帰ってきても更に勉強するなんて。小羽根ほど良い子はいないよ」

「…学生なら、割と普通のことですけどね…」

褒めてくれるのは嬉しいですけど。

学校の後、塾に行って勉強してる学生だって、山程いますから。

そりゃ加那芽兄様は天才タイプですから、わざわざ自主勉強しなくても、常に成績上位を保っていられたんだろうが…。

僕は凡人なので。学校の勉強だけでは全然足りません。

「勉強も良いけど、小羽根。これから一緒にディナーに行こう」

え?

「先日、知人にワインが美味しいビストロを紹介されてね。是非小羽根と一緒に行こうと思って。勿論、ノンアルコールのワインもあるから、小羽根も大丈夫だよ」

「び…ビストロ…ですか」

加那芽兄様が僕をディナーに誘うのは、珍しいことではない。

これまでも、おすすめのお店を見つけては、僕を一緒に連れて行ってくれる。

加那芽兄様が連れて行ってくれるお店はいつもお洒落で、料理も美味しい。

何より、加那芽兄様と夕食を共にするのは、僕にとってとても楽しい時間である。

だから、いつもだったら二つ返事で了承して、すぐに支度をするのだが…。

…残念ながら、今日は無理だ。

「…済みません、加那芽兄様。お気持ちは嬉しいんですけど…今日は行けません」

「…!」

この世の終わりみたいな顔で、愕然とする加那芽兄様。

…そんなびっくりしなくても。

「何だって…?小羽根が私とのディナーを断る…。これがもしかして…反抗期…!?」

またその流れなんですか。違いますって。

「別に反抗はしてませんよ…。ただ、今は勉強に集中したいので、一緒に出掛けている余裕は…」

「それともダイエットか…?ダイエットなのか?大丈夫だよ、小羽根。小羽根はダイエットなんかしなくても、十二分に可愛いからね」

「違いますよ…何言ってるんですか」

勉強で忙しいから、出掛けている時間がないだけです。

ダイエットじゃありません。

あと、男なのに「可愛い」と言われても嬉しくありません。

「問題集の…今日のノルマがまだ終わってないので。全国模試が終わるまでは、勉強に集中させてください」

「…そう…。…そうか…」

僕に断られて、ずーん、と沈み込む加那芽兄様。

…何だか罪悪感を煽られるんですけど。

「…そういうことなら仕方ない…。私は一人寂しく…菓子パンでも食べてるよ」

「も、もうちょっと良いもの食べてくださいよ…」

何なら、一人でそのビストロに行ってくれば良いじゃないですか。

「じゃあ、小羽根…。あんまり根を詰め過ぎないようにね…」

「は、はい…」

加那芽兄様は、ずーんと沈んだまま、すごすごと帰っていった。

…何だか、悪いことをしてしまったな…。