…何だか嫌な予感がしますね。

「…名前…反対…」

「あっ…!」

…判子だから、イモに文字を彫る時は、鏡に映したように反対に彫らなきゃいけないのに。

反転させずにそのまま彫っちゃってるものだから、「くるい もね」の文字がそのまま、反転して紙に押されていた。

…あーあ…。

まさか…他のイモ版も全部…。

「…俺のも反対ですね」

「俺もだ」

弦木先輩のイモ版も、佐乱先輩のイモ版の反対。

見てないですけど、多分僕のもそうなんでしょうね。

「お前…試し押しとかしなかったのかよ…?」

「…テヘペロッ」

高校2年生にもなった男性の「テヘペロ」ほど、可愛くないものもなかなか存在しない。

…イモの無駄遣いですよ。完全に。

「はぁ…。ったくこの馬鹿は…」

「まほろさんは諦めが悪いですね。俺のように、自分にはハナから芸術センスがないと諦めて、棒人間とへのへのもへじだけを量産していれば良いものを」

「それはそれでどうかと思うけどな…」

「見ます?俺の傑作」

「いや、別に…って、お前それ、そのスケッチブック全部棒人間なのか…!?」

そこそこ分厚いスケッチブック、全ページを埋め尽くす棒人間。

と、

「惜しい。半分はへのへのもへじですよ」

「何が惜しいんだよ」

スケッチブックを埋め尽くす、大量のへのへのもへじ。

…スケッチブックが勿体ない。

まさかスケッチブックの方も、ひたすら棒人間とへのへのもへじしか描いてもらえないとは思わなかったでしょうね。

「この部には、まともに芸術研究をしている部員はいないのか…?」

「李優、萌音はまともに絵を描いてるよ。ほら、これは李優が川に流されてる時の似顔絵…」

「俺、桃太郎か何かかよ…?」

…やっぱりまともに芸術研究をしている部員、佐乱先輩しかいませんね。

僕も一応まともってことで…。

…まぁ、今の僕は…芸術研究なんてしていませんが。

「…ところで、さっきからずっと静かですけど」

ぎくっ。

「…小羽根さん、何やってるんですか?」

良い感じにスルーしてもらってたから、このまま先輩方の影に隠れて、こっそり…と思ってたけど。

そうは問屋が卸さないらしい。

「小羽根君のことだから、きっと凄い傑作の絵を描いてるんだよ」

「ほう。そりゃ凄い。画伯だな」

ちょ、久留衣先輩。期待させるようなこと言わないでくださいよ。

違います。

「ちょっと見せてみろよ、後輩君」

「あ、ちょ、それは」

「…ん?」

天方部長は、僕の手元を見て呆気に取られた。

あぁ…また見られちゃった。

「…後輩君、君、何やってんの?」

「…勉強です。見ての通り…」

僕はテキストとノートを広げて、自主勉強に励んでいた。