…すごすごと自分の部屋に退散した僕は、穴があったら入りたい気分だった。

ベッドに腰掛けてクッションを抱いて、ひたすら自己嫌悪に襲われていた。

この屋敷に来てから、色々な人に何度も言われた言葉が、ぐるぐると頭の中を巡っていた。

「加那芽様に比べて、お前は…」という意味の台詞。

耳にタコが出来るくらい、何度も聞いた。

その度に、心の中で言い返したものだ。

…僕だって、加那芽兄様のようになれるものならなりたいです。

あまりにも優秀な兄は、僕にとって誇りでもあり、大きな壁でもあった。

決して越えることの出来ない壁。

幼い頃から何度も、加那芽兄様の弟に恥じない人間になりたくて、たくさん努力を重ねてきた。

しかしいつだってあの方は、僕には到底届かない場所にいる…。

それでいて、不出来な僕を笑うことも、馬鹿にすることもない。

底無しに優しくて、自分の足元にも及ばない愚かな弟を、まるで唯一無二の宝物のように可愛がってくれる。

だから僕は、ついつい、そんな加那芽兄様に優しさに縋り、甘えてしまう…。

自分の情けなさに、思わず涙ぐんでしまいそうになったその時。

部屋の扉が、優しくコンコン、とノックされた。

僕は、慌てて涙を拭った。

「小羽根、いるかい?」

「…!加那芽兄様…」

加那芽兄様の姿を見て、僕はドキッとした。

丁度、今…加那芽兄様のことを考えていたところだったから…。

「どうしてここに…。お仕事に行ったって…」

「あぁ、さっきまでね。小羽根の為に美味しいドーナツを買いに行ったついでに、取り引き先と商談をしてきた」

「…」

…そこは逆でしょう、加那芽兄様。

「おいで、小羽根。一緒にドーナツを食べよう。地元ではかなり有名なお店で、」

「…ありがとうございます。加那芽兄様…でも、今は遠慮しておきます」

「…!」

気持ちは嬉しいけど。

…今は、とてもじゃないけどそんな気分にはなれなかった。

僕が断ると、加那芽兄様は目を見開いて動揺していた。

「…どうしてだ?小羽根がドーナツを食べない…。嫌いだったのかい?いや、そんなはずはない…。だって、この『小羽根の好きなものリスト』に書いてある」

まだそれ持ってたんですか。その世界一無意味なメモ帳。

ドーナツは好きですよ。でも、そうじゃなくて…。

「定期試験だって終わったはずだ。それなのに、どうして…。…はっ!もしかしてダイエット…?」

「…あの、違います。加那芽兄様。そうじゃなくて」

「心配しなくて良い、小羽根。小羽根は元々痩せているから、多少むちむちになった方がむしろ可愛いまである」

「…違います。そして何を言ってるんですか」

そうじゃありませんよ。…勝手に変な想像しないでください。