こうして、通りすがりの男子生徒に拉致されて、連れて行かれたのは。

「調理…実習室…?」

「そうだ。ここに入ってもらうぞ」

とのこと。

その教室には、「調理実習室」と書かれたプレートが貼られていた。

調理実習室って…調理室のことだよね?

学校で、家庭科の調理実習をする教室…。

な、何で僕がこんなところに?

まさか、「今からお前を調理してやる」ってことじゃないよね?

僕は、幼い頃読んだバラバラ殺人事件のミステリー小説を思い出した。

あの時は怖くて、思わず加那芽兄様に泣きついたものだが…。

まさか…アレと同じことが僕にも…。

いや待て。ここは学校。殺人現場ではないはず。

すると。

「連れてきたぞー!」

ガラッ、と調理実習室の扉を開くと。

その教室の中から漂う凄まじい臭気に、僕は思わず嘔吐(えず)いてしまいそうになった。

な、何この匂い?

「おっ。ようやく助っ人が来てくれましたかー」

「危ないところだったね。これで何とかなるかもしれない」

な、何の話?

異臭漂う調理実習室の中には、二人の生徒がいた。

片方は男子生徒、もう片方は女子生徒だった。

…しかも、この人達。よくよく見たら。

名札を見たところ、僕より一つ年上。二年生のようだった。

三人共、二年生。

なんてことだ。先輩だったんだ。

そうとも知らず、さっきまで護身術で掌打して失神させる方法を考えてたよ。

危ないところだった。

いや、まだ危ない状況なのでは?

調理実習室に辿り着いてようやく、僕をここに連れてきた先輩は、僕の手を離してくれた。

よ、ようやく自由に動ける。

「あ…あの…?」

それで僕は、一体何の為にこんなところに拉致されたんだろう…?

説明を求めて、その先輩の方をちらりと見ると。

先輩は真顔で、僕をじっと見つめていた。

目が合って、思わずたじろいでしまったが。

「…坊主、おめぇ名前はなんて言うんだ?」

「えっ」

「名前」

先輩に名前を聞かれ、僕は狼狽えながら答えた。

「え、えぇと…。名札に書いてある通りですけど…」

「それが読めねーから聞いてるんだよ」

す、済みません。

「無悪(さかなし)です…。無悪…小羽根…」

「さかなし…こはね?」

「は、はい」

「そうか。ラノベの主人公みたいな名前してんな」

それはちょっとコンプレックスなので、出来ればあまり触れないでいただきたい。

「…ん?見ない顔だなと思ったら、一年坊主なのか」

僕の名札に書かれた学年とクラスを見て、先輩が言った。

…気づいたのは、今なんですか?

もっと早く気づいて欲しかったな…。

「まぁ良いや。一年でも」

良いんだ。

「自分は天方(あまかた)まほろ。見ての通り、二年Bクラスだ」

「そ、そうですか」

天方先輩ですね。

「あっちにいるのが、同じく二年Bクラスの弦木唱(つるぎ となえ)。美人の女の子の方が、二年Aクラスの久留衣萌音(くるい もね)だ。宜しく頼むよ」 

調理実習室にいた、もう二人の先輩の名前も教えてもらった。

弦木先輩と、久留衣先輩ですね。

誘拐犯の正体は分かったけれど、まだ分からないことがある。