「…………はい?」
「だから、好いているのです。何度も言わせないでください、恥ずかしい」

 秀はそのまま口紅の並ぶ棚に目を移して、「これはどうですか?」と明るい色味の口紅を差し出してきた。
 いやいやいや、いやいやいや。
 葉月は思考が停止したままである。

「……ちょ、……え? 誰が、なんですって?」

 葉月は再度問いかける。理解不能。意味不明。
 呆れた秀が、その凛々しい顔を思いきり葉月に寄せた。葉月の耳元すれすれに彼の唇がある。

「好きなのです、貴女が」

 甘いささやきが葉月の全身を駆け巡った。
 何も言えずにいる葉月に、秀が追い討ちをかけるようもう一度ささやく。

「学生の頃からずっと、俺は貴女を想っていました」
「学生の頃から?」

 葉月の頭に学生時代の日々がフラッシュバックする。当然、「あの日」の事も。

 バシンッ!

 反射的に葉月は秀の頬を叩いていた。夜遅く、人気(ひとけ)の少ない店内に乾いた音が響く。

「ふ、ふざけないでよ! よくもそんな事が言えるわね! 私の家族を滅茶苦茶にしておいて、想っていた? 好いている? 馬鹿にしないで!」