ダニエル殿下は戸惑っているように見えた。

 アデーレもまた、どうしてこんなことになっているの? と怪訝(けげん)そうに表情を歪めている。

「……私は、殿下の妃になるために努力をしたつもりです」

 ダニエル殿下に視線を向けてから、オイゲン陛下に聞こえるように凛とした言葉を発する。

 伯爵家のわたしが王族に(とつ)ぐということは、準備が必要だということ。

 歩き方は頭の天辺から足のつま先まで気をつけて、美味しいお茶を淹れる練習、学問、マナー講座、ダンスレッスン……数えきれないほどの習い事をクリアしてきたのは、意地でもあった。

 いつか来るこの日に向けて、私は努力をしたのだと、胸を張って宣言したかった。愛されるためではなく、彼の隣に立つにはこんなにも努力が必要なのよ、と見せつけるために。

 私が習い事をしているあいだ、ダニエル殿下はアデーレと逢瀬(おうせ)を重ねて、愛を(はぐ)んでいたみたいだけど。

 ……習い事に夢中になって、彼とのことを(おろそ)かにしていた自覚はあるけどね。

 仕方ないじゃない。私にとっては、習い事のほうが大切だったのよ。だって、身につけた教養は私の財産になるから。

 それに、婚約破棄されるのはわかっていたから……。やり込んだ乙女ゲームだ、この結果になる予想はしていた。

「その努力は水の泡になりましたが……愛とは儚いものですね」

 扇子で口元を隠したまま、顔を隠すようにうつむく。

 肩を震わせていたから、たぶん泣いているように見えたかもしれないけれど、逆だ。

 笑いを堪えているのだ。

 ……だって、面白いじゃない? 婚約破棄された当事者だけど、この状況……どう見ても殿下たちのほうが不利だもの。

 ダニエル殿下の婚約として、淑女のお手本みたいな存在になれるように、努力した結果がコレ。

 婚約破棄されるからといって、努力を(おこた)ることはしなかった。

 ――さて、オイゲン陛下はどう出るかしら……?

 期待と不安で少し心が揺れながらも、陛下をじっと見つめた。