今頃、バクバクと心臓がうるさい音を立てていることに気付き、目を閉じて何度も深呼吸を繰り返していると、レオンハルトさまが

「隣に座っても?」と尋ねてきたので、「は、はいっ」と反射的に答える。

 背もたれから背中を離し、きちんと座ろうとしたけれど「そのままで良いですよ」と優しく声をかけられた。

 私の隣に座り、御者に合図を送るレオンハルトさま。

 馬車は再び走り出す。動き出してから、そっと私の頬に手を添えて「大丈夫ですか?」と心配そうに眉を下げて聞いてきた。

「ええ、平気ですわ。レオンハルトさまも、大丈夫でしたか?」
「オレはまぁ、慣れているので。彼女の爪がちょっと当たったくらいなので、平気ですよ」
「爪が? き、傷になってはいませんか?」

 私が傷を見せてほしいと何度もお願いすると、根負けしたレオンハルトさまが手を見せてくれた。アデーレの爪で引っ掻かれたようで、じんわりと血がにじんでいる。

 慌ててハンカチを取り出して、レオンハルトさまの手に巻き付ける。

「――ごめんなさい、レオンハルトさま。私のせいで……」

 明らかに、アデーレの狙いは私だった。

 私のせいで怪我を負わせてしまったことが心苦しい。

 しゅんとした私に、レオンハルトさまがこつん、と額を重ねた。

「――ありがとうございます、エリカ」
「……え?」

 お礼を言われる覚えがなくて、戸惑って声が震えてしまった。レオンハルトさまは目を細めると、添えていた手とは反対方向の頬に唇を落とす。

「れ、レオンハルトさま?」

 一気に体温が上昇した気がする。

 絶対に今の私、顔が真っ赤だわ!

 彼のことになると一気に赤くなっちゃうのはなんでなの!? いや、それほど好きになったということなんだろうけれど……!

「オレのことを心配してくれたのが、嬉しくて。好きな人に心配されるというのは、こんなにも心が、満たされるものなのですね」
「――……ッ」

 レオンハルトさまが本当に嬉しそうに微笑んでいるから、なにも言えなかった。