馬車が止まったことにより、彼女――アデーレが近付いてきた。

 レオンハルトさまはバンッと勢いよく扉を開け、馬車を降りて彼女に向かっていく。

「レオンハルトさま!」

 思わず叫ぶ。

 そ、そうだ、懐剣(かいけん)

 使い方を教わっていないけれど、近付いてきたら振り回そう。そう思って、私も馬車を降りて彼の背中を追った。

「――どうしてそんなに、エリカを狙うのですか?」

 アデーレは男爵家の令嬢だ。そんな彼女がレオンハルトさまと戦えるはずないだろう。

 私に気付いたアデーレが、すごい形相でこちらに走ってくる。だけど、あまりにも呆気なく彼女は捕まった。手首を掴まれて、アデーレが暴れている。

 ぎゅっと懐剣を握りしめて、レオンハルトさまの隣に立った。

「どうしてっ! ダニエルルートに入ったのにっ! あんたのほうが幸せそうなのよっ!」

 彼女がそう叫ぶ。……やはり、彼女は転生者なのだ。

「――私が幸せだと、あなたになにか不都合があるの?」

 ピタリと暴れるのをやめ、こちらを睨むように見上げるアデーレに問いかけた。すると、彼女は表情を歪めて、笑う。

「当然でしょう! わたくしは『エリカ・レームクール』が大嫌いなのだからっ!」

 きっと彼女は、乙女ゲームの中の私を嫌っているのだろう。

 だって、嫌われるほど彼女に関わっていない。

 レオンハルトさまは「なにを言って……」と眉根を寄せた。

「ゲーム内で、あなたがどれだけわたくしに酷いことをしたと思う!? 断罪されて当然のことを、していたのよっ!」
「ゲーム……?」
「この世界はわたくしのもの! わたくしが幸せになるための場所っ! 『エリカ・レームクール』は不幸になるべき存在なのよっ!」