翌朝、いつものように身支度と整え(長距離の移動だからドレスは楽なものを選んだ)、お母さまからいただいたブローチを身につけ、お父さまからいただいた懐剣(かいけん)を忍ばせて食堂まで歩く。

 身支度を手伝ってくれたメイドたちは、寂しそうに微笑んでいた。

「――エリカお嬢さま」

 メイドの一人が私の名を呼ぶ。

 足を止めると、彼女は穏やかな笑みを浮かべていて、目にはうっすらと涙の膜が見える。

 私がこの家から去ることを、寂しく思ってくれているのだろう。

「お嬢さまの幸せを、願っております」
「……ありがとう。お父さまたちを、よろしくね」

 この前も同じようなことを言ったけれど、念押しするように伝える。

 彼女たちは真剣な表情で、こくりとうなずいた。

 ――両親は使用人たちから慕われているから、きっと大丈夫。

 食堂の扉を開けてもらい、自分の席に座る。お父さま、お母さま、レオンハルトさまがこちらを見たので、にこりと笑みを浮かべる。

「おはようございます」

 意識して、明るい声を出した。すると、三人はそれぞれ挨拶を返してくれた。

「よく眠れたかしらぁ?」
「ええ。……と、言いたいところですが、ワクワクしてあまり眠れませんでした」

 それは本当のこと。

 私、物心がついた頃からこの家で暮らしていたから……

 ここから離れることになるのは、ダニエル殿下と婚約したときに覚悟していたけれど、こういう形で離れるとは考えてもいなかった。だから、とても不思議な気持ちになった。

 でもね、離れることになっても、後悔はないの。

 私の好きな人と一緒に暮らせるのだもの。

 お母さまも、レームクール家に嫁ぐとき、そんな感じだったのかな?