今日も声が聞こえる。
聞きたくもない、耳障りな声が。視界に入る者たちの――他人を蔑む心の声が。
怒り、妬み、嫉み、そして憎しみ。
王宮の中は負の感情であふれていた。ここにいるのは、不快で、汚い、醜悪な根を持った者たちばかり。
本当に僕に――父上に忠誠を誓う者など、ここには誰一人としていなかった。皆何かを企み、他人の大切なものを奪い……壊していく。
ここはそういうところだった。そんな、強かな者しか生き残れない場所だった。
その日、僕はいつものように部屋を抜け出し、人気のない裏の庭園へとやって来ていた。
そこには美しい白いユリの花が咲き乱れていて、それだけが僕の心を癒やす。ここだけが、誰もいないこの場所だけが、僕が僕でいられるところ。
僕が唯一、自分の気持ちを吐き出せる場所――。
「大嫌いだ、皆、皆ッ!」
母上も侍従も、教師も侍女も、皆、皆――。
「大っ嫌いだ……ッ!」
僕は独り花壇のレンガに座り込み、心のままに声を上げる。
ここには僕の味方など一人もいない。誰一人として、決して僕と目を合わせようとしない。
僕のこの赤い目を恐れて。僕に心を読まれることを……恐れて。
そう、だって僕を産んだ母上でさえ、僕を気味悪がり、遠ざけるのだから。
――僕は思い出す。
僕が三歳になったばかりのときの、決定的な出来事を。母上の銀のブローチが無くなった、あの日のことを……。
*
母上が結婚前に父上からもらったという銀のブローチ、それがある日突然無くなった。
母上は大騒ぎをして、使用人に王宮中を探させた。けれどどうしても見つからなかった。
だけど、僕はそれを不思議に思っていた。
だって母上のお付きの侍女が、「ブローチは私が持っている」と言うのが確かに聞こえたから。それなのにどうして皆、見つからないと言うのだろうと。
だから僕は言ってしまった。その侍女が持っているよ、と。
僕の指に差されたときの真っ青になった侍女の顔を、僕は今でも忘れられない。あのとても驚いた、恐怖と畏怖に染められた顔を……。
その時、僕はようやく知ったんだ。僕に聞こえているこの声は、他の誰にも聞こえていないのだと。僕だけに聞こえる心の声なのだと。
僕のこの赤い瞳が、皆の心を読んでしまっていたのだと。
その翌日、侍女は牢獄の中で自害した。見張りが気付いたときには既に死んでいたらしい。
母上は泣いた。死んだ侍女は母上のお気に入りだったから。ブローチ一つで彼女を殺してしまったと、とても嘆き悲しんだ。
そして同時に僕を恨んだ。あなたのせいで――と。そう叫んだ母上の悲痛な心の声が、今でも僕の耳から離れない。