しばらくして、ガチャとドアが開きママが、1人の男を引き連れて戻って来る。

その男は明らかに他とは違っていた。

男性には疎い由亜だって分かるほど、近寄り難いオーラと不思議な魅力を兼ね備え、他人をその目だけで触れ伏せてしまうような、強さを持つ目力に釘付けになる。

「君か、世間知らずな女は?ここに何をしに来た?」

目の前のソファにドカッと座り、由亜を見据えて来るその男は、紛れもなく由亜にとって敵となる男だった。

「初めまして、佐野由亜と申します。私が出来る事なら、なんでもやります…何か仕事はありませんか?」

果敢にも彼に立ち向かう為、由亜も震える手を無理矢理自分自身で押さえつけ、負けずに睨み返す。

男は全く動じる事なく話し始める。

「俺はここのオーナーの真壁翔だ。
逆に聞きたい。
君は、ちゃんとした仕事にも着いていて、申し分無い人生を歩んでいる筈だ。それなのに何故ここに来た?ここで何が出来ると思ってるんだ?」

鋭い切れ長の目は、由亜を真っ直ぐに睨みつける。

「……私の大切な人の為に、少しでも力になりたくて…。貴方には分からない…他人の心の痛みなんて。」
震える声で立ち向かう。

「…分かりたくもない。他人の事なんて構ってやれる余裕もないからな。」
冷静な低い声は、由亜の心に突き刺さる。

この人は…一体何人の女性を手玉にとって、今までのし上がって来たのだろう。京ちゃんのような犠牲者がまだまだ沢山いるんじゃないだろうか…。

彼に対しての怒りと、憤りと、どうしようも出来ない己の弱さに、由亜は地団駄を踏みたいような、やるせ無い気持ちをなんとか押し殺す。

少しの沈黙の後…

「…税理士の資格を持ってるんだな。」
男はサラッと由亜の履歴書を読み、少しだけ興味を示す。

突然そう言われて、ぽかんとしながら言い返す。
「…短大で専攻してましたので…。」

「今の仕事は?経理か総務会計かそんなところか?」

「…経理課で主に給料に関する仕事をしています。」

「3年目?」
履歴書を辿りながらそう聞いてくる。

「はい…。」

「分かった。なんでも良いんだな?うちの経理事務をお願いしよう。この店の他にも3件ある。
今は外部の税理士にお願いしているが、もしも君が使えそうなら、今もらっている給料の倍だそう。
どうだやってみるか?」

経理…フロアレディになるつもりが、地味子は地味なままでいろという事だろうか…。
それでもチャンスを貰えるならば、なんだっていい。
この人の懐に入って、大きなダメージを与えられるのならば、なんだってやろう。

「分かりました。やってみます…。
いつから伺えばよろしいでしょうか?」

「今直ぐだ。雅美さん、彼女は俺が面倒みるからフロアに戻ってくれ。佐野由亜…こっちに着いて来い。」

真壁の導くまま、その後を無言で着いて行く。