バタバタと急いで事務室に入って、タイムカードを押す。
ギリギリ2分前…ホッと胸を撫で下ろした後ろに、ワザとらしくゴホンと咳払いをする翔さんがいる。

「翔さん…ごめんなさい。言い過ぎました…。」
仲違いするつもりは無いから素直に謝る。

「別に…由亜には怒ってない。」
不機嫌そうに椅子に座ったままの翔さんはそっぽをむいたままだ。

「コーヒーでも入れましょうか?」

「要らない、ここに居ろ。」
パッと手を取られ引っ張られたかと思うと、気付けば翔さんの膝の上…

「わっ!?」
慌てて降りようとするのに、ぎゅっと抱きしめられて抗うことが出来ない。

「しばらく、このままで…。オーナーを癒すのも由亜の役目だ。」
そう言われたら、離れる事も出来なくて…
そっと翔さんの胸に寄りかかる。

「お前に会うまで、自分がこんなにも心が狭い人間だとは思わなかった。由亜の事になると関わる全ての男に嫉妬する。」
弱音を吐く翔さんなんて知らない…。

どうやって慰めて良いのかだって分からない。
おもむろに翔さんのサラサラの髪に触れて、よしよしと子供をあやすように頭を撫でてみる。

「これは…慰めてくれてるつもりか?」
フッと笑う翔さんにホッとして、

「大丈夫ですよ。そんなに心配しなくても、私は翔さんだけですから。」
ぎゅっと首に手を回して抱きついてみる。

「純なんかに嫉妬するのは…由亜が…あいつだけには心を開いているように見えるからだ。」

「そう、ですか?」
確かに…純君は気さくで中性的な感じだから、話し易くて初めの頃から普通に話せていたけれど…。

「年下だからでしょうか…?なんか男性を感じないので、純君には平気なんです。」

「それは、純が聞いたら結構凹むな。」
なぜだかホッとした顔をして、翔さんが浮上する。

「そう…ですか?」
別に私としては純君を悪く言った訳ではないから、小首を傾げる。

チュッと頬にキスをされ、そっと解放してくれた。

「…随分、仕事溜まってるから…ほどほどにこなしてくれ。俺は少し店を見回ってくる。」
普段の感じに戻った翔さんは、足取りも軽やかに事務室を出て行った。

机の上には積み上げられた領収書の山…
とりあえず、1番下から黙々と片付けて行く。

働く事がこんなにも大事に思った事は無かった。必要とされているという肯定感と、自分の場所がここにあるという安心感が、このところずっと騒ついていた心が、今やっと落ち着いていくのを感じた。