ここでやっと気が付く。
由亜が俺の思惑通り、パジャマの上だけ着ている事に…。

「寒くないか?」
密かに望んではいたが…いささか目のやり場に困り、何気なくを装って、毛布を取りに行き彼女の膝に掛ける。

「ありがとうございます。…パジャマ少し私には大き過ぎて…。それより、翔さんて1人暮らしなのに、救急箱とかあるの凄いですね。」

恥じらって頬をピンクに染めて、分かりやすく話題を変えてくる由亜が可愛い。

「こう見えて…医大生だったんだ。3年で中退したけどな。」
初めて誰かにこの真実を伝える。

「えっ⁉︎翔さんて、お医者様になりたかったんですか?」
由亜が今日イチの驚きを見せる。

「正確には親がそう望んだんだ。親1人子1人だったから、それが最善の親孝行なんだと疑う余地もなかったが。俺が21の時に母は再婚して、その途端、俺は全ての意味を失った。

その頃、バイトとしてやってたホストが思いの外稼げてたから辞めた。医大を中退した事に未練は無い。」

そんな話をしながら、由亜の足裏の傷を一つずつ丁寧に消毒する。傷に染みるのかピンセットでつまんだ脱脂綿が傷口に触れるたび、ビクッと体が揺れる。

「あと、もう少しだから頑張れ。」
少し血の滲む箇所には絆創膏を貼り、赤く腫れている所には軟膏を塗る。

他に怪我はないかと、注意深く身体中をチェックする。足首に赤い鬱血した様な跡を見つける。少し擦れて血が滲んでいた。

心が押し潰されたかのように痛む。その足首にキスをする。

ふと、眼を見張り固まる由亜の視線に気付く。
「な、何、してるんですか…?」
明らかに動揺している様だ。

それを見て見ぬ振りして、足首にも同じように消毒をする。

「手首も見せて。」
両手首は足首よりも痛々しく腫れ上がっていた。
腫れを抑えるために、軟膏を塗って包帯を巻く。その手首にもキスを落とす。

「良かった…逃げて来てくれて。これ以上、由亜を傷付けられたらと思うと…俺も怒りでどうにかなりそうだった。」
由亜の隣に座りぎゅっと抱きしめる。

「…京ちゃんから…聞いたんですよね?
私…私は…貴方に敵討ちする為に…近付いたんです。」
そう言った途端、由亜の目から涙がポロポロと流れ出す。

「お前は何も悪くない。何も罪悪感なんて持たなくて良いんだ。キッカケはそうだったかも知れないが、今、俺の腕の中にいる。
その真実だけで俺は嬉しい。
もう二度と京香の元には帰らせない。
京香は由亜の純粋な心に漬け込んで、自分勝手な復讐をしようとしたんだ。」

俺は由亜を攻める気はない。それよりも早くその錘を降ろして欲しいと思うのだが、ひっくひっくとしゃくり上げて泣き始めてしまう。

「ごめんなさい…ごめんなさい。」
由亜は罪の意識に苛まれて泣き続ける。

俺はそんな彼女を、膝の上に抱き上げて好きなだけ泣けば良いと、優しく促す。

「由亜、一つだけ言っておきたい。京香が由亜にしたことは犯罪だ。恐喝、拘束、監禁全て、警察に訴えられるくらいの事をされたんだ。お前は被害者だ。
だが、京香をそこまで追い込んだのは俺のせいだから…俺もある意味…加害者だ。」

ずっと思っていた事を口にする。彼女達をここまで追い込んだのは俺の罪だ。

「ち、違います…。翔さんは悪く無い…翔さんは誠実に仕事をしただけで…。勘違いしたのは京ちゃんで…。」
泣きながら訴える由亜の背中を優しく撫ぜながら、

「それでも、俺は由亜を愛してる。」
この真実だけが俺の全てだと、分かって欲しいと手を握りしめる。

ひっくひっくと揺れる由亜が、涙を拭いて顔を上げる。
吸い込まれそうな程の澄んだ瞳が、今は痛々しいほど真っ赤になってしまっている。だけど、決心したような強い眼差しが俺を捕えて離さない。

「私も、翔さんが…大好きです。」
聞きたかった言葉を今、初めて由亜から聞く。

感動にも似た気持ちが溢れる。
「やっと…やっとその言葉が聞けた。」
嬉しさで笑顔が溢れる。

こんなに感動した事は今まで無いほど心が踊る。