「もう直ぐ到着するから。」
最寄りの駅前のコンビニを通り過ぎて住宅街に入って行く。

「なぁ、由亜、今から京香に会ったらダメだろうか?」
不意に翔がそう聞いてくるから、由亜はびっくりして目を丸くする。

「だ、駄目です。突然は、パニックになっちゃいますから。」
慌ててそう言う由亜を横目に、
「そうだよな…。」
と、翔はため息を一つ吐く。

「オーナーは…翔さんは…当時、京ちゃんの事を…どう、思ってたんですか?」
由亜はずっと気になっていた事を思い切って聞いてみる。

「それは…好きか嫌いかって事か?
悪いが俺は、客に対して恋愛感情を持った事は一度もない。俺自身、自分が薄情な人間だと思っているから、そう他人に気持ちが動く事はないんだ。だからこそ由亜は特別だ。」

「えっ…?」

「だから…お前は何も分かって無い。」
翔はアパートの前に車を停めてハザードランプを点滅させる。

「…京ちゃんはまだ…きっと…翔さんの事、憎い仇だと言いながらも、心の底では好きなんだと思うんです。」

「だからといって俺は何もしてやれる事はない。」
翔にとって大切なのは由亜の気持ちで、京香の事はあくまでも仕事の一貫に過ぎない。

「私も京ちゃんも、誰かを敵にしないとやり切れなかったんです。翔さんは…何も悪くないです。」

「いや、俺が悪いんだ。疑似恋愛を割り切れる人間はそういない。それを上手く駆け引きして、コントロールしてこそ、ホストの仕事だと思っている。
だけど、きっと京香に対してはそれが出来ていなかったんだ。」
翔は自分の不甲斐無さに落胆するように、ため息を吐く。

「京ちゃんが1番苦しかった頃、私何も出来なくて…誰よりも一緒に居たのに…止められなかったんです。だから、今度こそ力になりたいと思って、翔さんに近付いたんです。騙すような事をして、ごめんなさい。」
由亜が再び頭を下げて謝るから、

「何か理由があるとは思っていたから気にしなくていい。むしろ、俺はお前に会えたんだから、それで良かったと思っている。」

翔が優しく微笑み、愛おしそうに由亜の頬をサラッと撫ぜる。だから、否応無くドキンと由亜の心は弾む。

「なんで…私なんでしょうか?
翔さんにはもっと、大人な女性がお似合いだと思うのに…。」
未だに信じられない思いと困惑で、翔の態度に戸惑ってしまう。

「俺から見たら由亜の方が眩しくて、俺がお前に相応しく無いと思ってる。だが、この気持ちはもう抗えない。」

こんなにも明け透けに気持ちを伝えて来る翔に、由亜の心臓は今にもはち切れそうだ。

こんな人誰だって好きになってしまう。
自分の気持ちを伝えられたら、この胸の苦しさは無くなるのだろうか…だけど…。

「…京ちゃんが元気にならないと、私も先に進めないんです。今の私の1番の願いは、京ちゃんが元気になってくれる事だけです。」

今は京香の事が1番だと、自分に言い聞かせるように翔に伝える。

「由亜の気持ちは分かってるつもりだ。
だから、京香が立ち直る手助けを俺も一緒にさせてくれないか?」
運転席から覗くように由亜を見てくる、翔の強い目刺しに抗うことなんて出来るわけがない。

「…分かりました。とりあえず、翔さんが京ちゃんに会う前に、私から話してみるのでそれまで待って下さい。」
そう言って車を降りる。

「ありがとう、ございました。」
由亜は手を振って送り出そうとするのに、翔は今夜も先に由亜が部屋に入れと促す。

仕方なく2階の部屋まで行って道路を見下ろすと、わざわざ外に出て来た翔が、ずっと見守ってくれていた。

手を振ると、振り返してから部屋に入れとジェスチャーして来るから、思わずクスッと微笑んでしまう。
そんな心配症な一面を垣間見せて、翔はやっと帰って行った。