「……で、どの問題が分かんないの?」
それから私の部屋に来てくれた海斗さんは、何処か楽し気な様子で、折りたたみ式のパイプ椅子に腰掛ける。
その瞬間、海斗さんとの距離が一気に縮まり、私の心臓は相変わらず敏感に反応してしまう。
もう何度かこの距離感を経験しているのに、一向に慣れない私は、少し緊張しながら課題のプリントをおずおずと差し出した。
「この最後の問題が分からないんですけど……」
海斗さんは暫く黙って問題に目を向けると、一分もしないうちにプリントを私の前に戻す。
「これはね、この方式を応用した上でちょっとひねりを効かせて……」
そして、ペンを手に取り、用意していたルーズリーフに流れるような速さで数式を書き始めていく姿に、私は暫く圧倒されてしまう。
さっきまで小一時間格闘していた問題を、こんな意図も簡単に解いてしまうなんて。
そうこうしていると、あっという間に数式を書き終えた海斗さんはペンを置き、一つ一つ順を追って分かりやすく丁寧に説明してくれた。
そのお陰で、頭の中でこんがらがっていた紐は驚く程するすると解けていき、ものの数分で答えは見事に算出されたのだ。
「海斗さん凄いです!どの先生よりも一番分かりやすかったですよ!」
「そんなことないよ。加代ちゃんの理解が早いから」
短時間で数式の呪縛から解放された私は、感動しながら尊敬の眼差しを向けると、海斗さんは小さく首を横に振って笑顔で謙遜してくる。
「それじゃあ、僕は戻るね。もう時間も遅いし、早く寝なよ」
「はい、ありがとうございました。おやすみなさい」
それから、腰掛けていたパイプ椅子を畳み、部屋を出ようとする海斗さんに向かって深く頭を下げると、満面の笑みで彼を見送った。