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 それは、アリスが剣の訓練を見学してからひと月ほど経ったある日だった。夕食の場に行くと、アリスがにこにこしている。
 アリスはいつもにこにこしているのだが、今日はいつも以上に機嫌がよさそうに見える。

「陛下」

 呼びかけられ、ウィルフリッドはアリスを見る。

「ローラン国に出した手紙の返事がきました。まずは担当者間で協議の場を設けたいと。とても前向きな回答です」

 アリスは手に持っていた封筒をウィルフリッドに差し出す。ウィルフリッドはそれを受け取ると、素早く文字を追う。
 それは、アリスが言っていたとおりビクリス国のハーレムにいた時代の友人からのようだった。アリスの結婚への祝辞から始まり、自らは国内貴族と結婚が決まったことや、最近あった出来事、それに、アリスからの水道技術に関する要望に対して是非とも前向きに交渉を開始したいと王太子も考えている旨が書かれていた。

「では、早速文官を派遣する手配を進めよう。両国とも冬は寒さが厳しくて移動が難しい。協議をするなら、秋までがいいだろう」
「はい。よろしくお願いします」

 アリスは嬉しそうに頷く。そして、何かを思い出したかのように宙に視線を投げた。

「そういえば、今日また救貧院に行って院長と話をしてきました。彼らは働く意思はあるもののその術を備えておらず、多くの場合は法外に安い賃金で劣悪な環境下で長時間酷使され、逃げ出してはまた救貧院に戻ってくるそうです。わたくし、この問題を解決するために職業訓練施設と仕事斡旋の制度を作りたいです」
「職業訓練施設と仕事斡旋?」
「はい。以前、聞いたことがあるんです。仕事をする技術を教え込み、彼らを雇ってくれる場所を公的に紹介する。一見すると費用ばかり掛かって無駄に見えるかもしれませんが、結果的に労働力の増加、経済の活性化に繋がり、国としては得するんだそうです」
「それもハーレムで聞いたのか?」
「はい、そうです。すっかり忘れていましたが、今日救貧院の院長と話していたら思い出しました」
「なるほど」