アリスは胸に抱えている資料をロジャーとウィルフリッドに見せるように、少しだけ持ち上げる。

「どうしてそんなものを?」

 ウィルフリッドが訝しげにアリスに尋ねる。

「どうしてって……わたくしがこの国の役に立つためには、今の国の状況や施策を理解していることが必要です。そのためには有効な手段だと思ったのですが」
「なるほど。それで、何かわかったか?」

 ウィルフリッドに問いかけられ、アリスは顎に手を当てる。

「先日読んだ医療福祉の資料に記載されていた、国が助成する治療をあらかじめ指定して国民全員がある程度の医療を受けられるようにするという施策はとても興味深かったです。ただ一方で、それらの助成に莫大な国費が使われるでしょう。一部の予算を使って予防医学にも取り組んでもいいのではないかと」
「予防医学?」
「はい。ハーレムにいた際に聞いた話なのですが、医療先進国として有名な国では、国民全員に幼少期にこまめな手洗い、うがい、飲料水を煮沸することなどを教え込むそうです。それを始めてから、疫病の流行が顕著に減少したとか」
「なるほど。それは興味深いな」
「もしご希望でしたら、かの国の王女殿下と知り合いですので詳しく話を聞けないか手紙を書いてみましょうか?」

 ハーレムにいた際の人脈は、アリスにとってかけがえのない財産だ。それが役に立つなら、手紙のひとつやふたつすぐに書くつもりだった。

「そうだな。もし本当にそんな効果があるなら、取り組む価値はある。公式な打診をする前に、知見を持つ者を紹介してもらって軽く話を聞けないか聞いてもらっていいか?」
「もちろんです」

 アリスはこくこくと頷く。
 ウィルフリッドがアリスに何か頼みごとをするなんて、これが初めてかもしれない。アリスの人脈が役に立つなら、これ以上に嬉しいことはない。