「いえ、あの──」

 アリスの背中につーっと嫌な汗が伝う。
 だって、ひとりで寝ていると思ったら隣に人がいたのだ。驚かないほうがおかしいと思う。

「昨晩はあんなに強く俺を求めてきたというのに、酷い話だな」
「へ?」

 ウィルフリッドはアリスを見つめたまま、意味ありげに笑う。その瞬間、首まで顔が赤くなるのが自分でもわかった。

(強く求めた? わたくしが? 本当に?)

 あり得ないことに、全く記憶がなかった。アリスにとって、正真正銘初めての夜なのに!

 しかし、今朝の密着度や彼の服のはだけ方を考えればそういうことがあったとしても不思議ではない。そして、ウィルフリッドとアリスは夫婦なのだから、ごく自然な行為である。

「もしかして、覚えていないのか?」
「まさか! 覚えております。しっかりと覚えております」

 本当は一切覚えていない。しかし、ふたりで迎える初めての朝に「全く覚えておりません」と言えるほど、アリスは図太くない。

「本当に?」

 ウィルフリッドがスッと目を眇める。「まあ、いい」と言って息を吐いた。

「この結婚に当たって、きみに伝えておかなければならないことがある」
「はい」

 何か重要なことを言おうとしていると察し、アリスはウィルフリッドの言葉に耳を傾ける。

「この結婚で、愛は望むな。子供も望むな。それ以外のものは、可能な限り融通するように善処しよう」

 何の感情もこもらない声で告げられたのは、思ってもみない言葉で──。

 これがアーヴィ国王女──アリス・ワーナー二度目の結婚生活の幕開けだった。