アリスが調べたところによると、外交官になるには外交官登用の国家試験に合格する必要があるらしい。

 出戻り王女がコネで外交官になったと非難されるのは本意ではないので、アリスはこの試験を自分も受けることにした。幸いにして、時間はたくさんあるのだ。兄や両親からは本気なのかと何度も聞かれたが、アリスの決意は今のところ揺らいでいない。

 そして、帰国して一カ月が経ったこの日、今日もアリスはペンを片手に、アーヴィ国の外務省が発行している試験対策の教科書と問題集を眺めていた。

「今日からシスティス国の単元なのよね。システィス国出身のお妃様はいらっしゃらなかったから、あんまりよく知らないのよね」

 システィス国はここアーヴィ国より遥か北方に位置する国だ。冬場はとても寒く、氷点下が毎日のように続くという。降り積もる雪は家の屋根よりも高くなるほどだと書かれている。

 そして、システィス国の最大の特徴は、王族が持つと言われる異能にあった。直系男児のみにごく稀に発現し、火や風を自在に操るなど不思議なことをおこすことができるという。これは、精霊神と盟友だったシスティス国の初代国王が、その力を少しだけ分けてもらったためだと言われている。

 アリスはうーんと眉根を寄せる。

「そんな不思議な力、本当にあるのかしら?」

 噂には聞くけれど、アーヴィ国の王族には残念ながらそんな異能はないし、ハーレムにいた妃達にもそんな異能を持っている人はひとりもいなかった。

「ビクルス国のハーレムにはシスティス国出身のお妃様がいなかったしなあ」

 実際に異能を使う現場を見た人がひとりでもいれば、信じざるを得ないのだが。

「システィス国の国王陛下といえば、確か──」

 根詰めて勉強していると、トントントンとドアをノックする音がした。アリスは「はい、どうぞ」と返事する。ドアの向こうに立っていたのは、女官だった。