◇ ◇ ◇

 寒いので一緒に寝て欲しいと言われて応じたことを、ウィルフリッドは若干後悔していた。

 毎朝のように、アリスが抱きついてきて花のような甘い香りがふわりと鼻孔を掠める。その度に、鋼の精神力が崩壊して劣情が抑えられなくなりそうになる。
 しかも、彼女に触れたいという欲望は日増しに強くなるばかりだ。

「悪夢は見なくなったが、別の理由で睡眠不足になりそうだ」

 ウィルフリッドは額に手を当てた。
 
 そのとき、とんとんとドアをノックする音がした。入ってきたのは宰相のヴィクターだ。彼は書類を手に持ち、険しい表情をしている。

「水路建設ですが、私は反対です」
「またその話か」

 ウィルフリッドはヴィクターを一瞥し、息を吐く。

「建設費用がかかりすぎます」
「公共事業とはそういうものだ。確かに費用は掛かるが、建設すれば市民の生活水準が格段に上がる。今は、彼らは冬の間洗い物も碌にできない」
「そういう地域なのだから、仕方がないだろう」

 ウィルフリッドはぴくっと肩を揺らす。ヴィクターの言葉が、受け入れがたいものだったからだ。
 
「そういう地域なのだから? 叔父上は本気でそう言っているのですか? 不便さを解決する努力をするからこそ、文明は発展し国は豊かになる」
「しかし──」
「資金確保については、既に財務省から問題ないとの回答があった。ローラン国が、金属資源を輸入するための長期契約をしたいと言っているからそれを原資にします」