アリスはベッドから抜け出す。ふと、エマがとてもにこにこしていることに気づいて不思議に思った。

「エマ、どうしたの?」
「最近は毎日陛下がいらっしゃいますね。これなら、お世継ぎもきっとすぐにできますね。アリス様がご寵愛頂いていて、私も嬉しくって」

 エマから澄んだ瞳で見つめられ、アリスははたと我に返る。

「寵愛?」
「はい。だって、このコート! 最高級の貂ですよ!」

 キャッキャしながらエマが取り出したのは、真っ白な毛皮のところどころに黒い点が付いたコートだ。貂という生き物の毛皮を使っており、毛皮の中でも最高級品なのだという。アリスが寒がりなので、ウィルフリッドがプレゼントしてくれたのだ。

「それに、陛下は毎日欠かさずアリス様の元に通われているじゃないですか」

 たしかにウィルフリッドは欠かさずアリスの元に来てくれる。しかし、彼は自分からアリスに指ひとつ触れない。
 ウィルフリッドの顔を思い浮かべたとたん、脳裏によみがえったのは彼からされた今朝のキスのことだ。アリスは頬が熱を帯びるのを感じた。

 ヴィルフリッドにとってはただの挨拶のようなものだったのかも知れないが、アリスはキスなんてされたこともしたこともないので一大事件だ。なお、結婚式の誓いの口づけは儀式で取り決められたものなので数にカウントしない。

(陛下、どういうおつもりであんなことを──)

 考えても答えはわからない。けれど、わかることがひとつ。
 アリスは彼からキスをされても、全く嫌悪感がなかった。むしろ、唇にしてほしいとすら思った。

(わたくし、もしかして陛下のこと──)

 そう自覚した途端、胸にずきっと痛みが走る。

『この結婚で、愛は望むな。子供も望むな』