「私が吹奏楽部に所属してたって知らなかったでしょ」

「知るわけない」

「そうだよね。私、吹奏楽部だったんだよ。三年生になって、六月頃には引退したんだけど。本当はコンクールもあるしさ。ほとんどの人は秋頃に引退するんだけど。私、大学受験組じゃないから。企業への試験対策で一学期には引退しようって決めてたんだよね」

「へぇ。興味ないよ」

「…はは。蜜くんってもう私の前では猫もかぶってくれないんだね…。ま、いいんだけどね。それで、夏休みはまだちょっと早いけどOBとして?ちょっとだけ練習に参加してたの。それで…見ちゃったんだよね」

「佐藤のこと?」

「隠さないんだね」

「意味がないから」

「そうだね。生徒会室って別校舎じゃない?本校舎の廊下を歩いてたら向かいの窓が見えた。校舎同士がめちゃくちゃ離れてるわけじゃないしね。蜜くんと後輩の女の子がキスしてるのが見えた。さすがに私だけに見えてたわけじゃないと思う」

「だから何?」

「ショックだった」

「は?」

「私ははっきりと拒絶された。あの日、暴言吐かれたんだって自覚もちょっとはある」

「なに?謝れば満足なの?女性としてのプライドを傷つけてごめんって?急に乱暴なこと言って怖がらせごめんって?」

「違うっ…!」

来栖が大声を上げる。

来栖の部屋のドアがノックされた。

お嬢様、いかがなさいましたか。
使用人さんだろうか。
心配そうな、訝しがるような、くぐもった声が聞こえた。

ドアに近づいた来栖が「なんでもないから。離れて」と告げた。

俺の目の前に戻ってきた来栖は、揺れる瞳で、けれどしっかりと俺を見据えて言った。

「蜜くんの渇きが怖い」と。