そのたった一度の夜乃との時間を思い起こしても、夜乃が特別な感情を日頃から持ち合わせていたようには思えなかったけれど。

「佐藤さんはさ、仮に夜乃さんが本当に俺を特別視していたんだとして、佐藤さんからしたらそういう感情が引き出されたことに驚いてるってこと?」

「はい」

「そういう″特別″を、親友が消えてしまったのなら奪ってやりたくなったってこと?」

「奪ってやりたい…というか、とばりでさえ夢中にさせてしまった朝之先輩に、今の私なら、私を私としてちゃんと見てくれるのか試したくなったというか…でも奪ってやりたくなった…で概ね間違ってないんだと思います」

「素直なんだね」

立ち上がって、佐藤を見下ろした。
俺を見上げる佐藤の瞳に怯えは感じられない。

背中を丸めて佐藤にキスをした。
不慣れなのか、佐藤がピタッと呼吸を止めたことが分かった。

「ちゃんと息して」

「ゃ…分かんないです」

「じゃあしなきゃどうしようもないキス、しよっか」

「え…」

舌を使って佐藤のくちびるをこじ開ける。
ぎこちない佐藤の舌の動きを捕まえて攻めると呼吸が荒くなる。

「せんぱいっ…」

「ん?」

「最低だと思いますか…ようやく出逢えた親友の特別を壊したいことっ…」

答えなかった。

俺がなんて言ったって、佐藤は俺を振り払えない。
一度知ってしまった蜜の甘さを苦味で消してしまえるほど、
佐藤が強い人間にも見えなかった。

優越感は人を弱くする。
陽だまりのあたたかさを知ってしまった。
絶対的なヒーローが消えた。
自分の存在が確立された。
善悪なんて自分の居場所を奪われることに比べれば些末なことなんだろう。

「どっちだっていーじゃん。どっちだって、やめられないくせに」