「よかった」

「もう。からかわないでください。それで…でもね、最初は事情聴取されてるんじゃないか、みたいな会話だったのが、だんだん私を気遣ってくれてるタイプのものに変わってるって気づいたんです」

「きっと最初からそうだったんだろうね」

「はい。きっと。そのうちに今までは全然喋ったこともなかったクラスメイトと普通におしゃべりができるようになってて…。とばりが居る状態ではとばりが盛大に輝く。その後ろに影を作って私を隠す。私もジッとそこにうずくまって動けないままでした。だから…」

「うん」

「消えてくれてありがとうって思っちゃったんです」

「ありがとう?」

「はい。はっきりと。明確に。とばりが消えて、影も消えて、私は陽だまりの中に放り出された。ずっと暗いところに居たからみんなの顔もちゃんと見えていなかった。でも今は…あたたかいんです。とばりが戻ってきたらまた私はここから追い出されるのかな…って。怖いんです」

「夜乃さんと一緒に陽だまりの中に居ることはできないの」

「できません。きっと…。みんなは今の私のまま、変わらず友達として認めてくれると思います。でもどうしたって私の心はまた、ただとばりに憧れてしまう。自分を劣等感の対象として自分の心をいじめてしまう…。大好きなのに…とばりはずっとどんなに憧れても絶対にそうなれない…大好きな親友なのに…」

朝之先輩、私が見えますか。

抑揚の無い声で呟いた佐藤を見つめた。
夜乃とは違う、色素の薄いブラウンの瞳。

頭上でブン、とエアコンが小さく音を立てた。
エアコンに繋がった配管がカタカタと鳴る。

温度調整を「自動」に設定しているからか、一定の室内温度を保とうと冷気を噴き出していたエアコンが一瞬、強めに風の音を鳴らしてから、
最後の呼吸のように静かになる。

「あのさ」

「はい」

「こんなに暑いとさ、エアコン無しだと室内でも死んじゃうよね」

「きっと」

「じゃあ必要な部屋ではずっと稼働させてなきゃね。急に電気代が上がったら不自然かな」

「なにがですか」

「なにがだろうね」

「でもエアコンって小まめに消してまたつけてってするよりは、つけっぱなしのほうが電気代かからないって言いません?」

「へぇ」

「ほんとに、なんの話ですか」

「いや。今年は物凄く猛暑だなって思って」

「そうですね」