だけど、基本誰も…何も存在しない場所なら、出会った瞬間“それ”が何なのかわかるのではないか。
 私は辺りを見渡しながら「さっきのはどなた…? いるなら…出てきてくれると、嬉しいのだけれど…」
 と話しかけたところで意味はないとわかっていながらも声を出した。
 もし運よく出て来てくれたらどうしよう。触れてみたいという気持ちもあるけれど、動物は迂闊に触ってはいけないと聞いたことがあった。なんでも匂いというのは動物にとって大切で、人間の手が触れるとその匂いがこびりついてしまい、違う匂いを纏ってしまえば仲間の元へ戻れなくなる。動物はそうやって仲間を見分けているのだそうだ。だから、一目見られればそれでいい。
「……いないのかな」
 私は奥へ奥へと進みながら呟く。森の中に人が一人しかいないのに、何故か恐怖心はない。人と出会うことが、余っ程怖かったから。
 散策を続けている時、ある感触を覚えた。ふわっとしているような、変な感じ。
「何……?」
 そう呟いた時、足元が突然崩れた。
「きゃっ!」
 小さく悲鳴を上げると、すぐに尻餅を着いた。そこまで落ちなかったようだ。しかし滑った勢いでぎゅっと圧力がかかったのか草履の鼻緒がちぎれてしまう。右足の親指と人差し指に痛みを感じ見てみれば血が滲んでいた。
「……外に出た罰…なのかな」
 足袋を脱ぐと幹部の近くを指でさする。見てみたいと思った存在は探しても見つからないし、小さな段差で躓いて、なんだか無駄な時間を過ごした気がして溜息をついた。
 でも、なんだったんだろうあの変な感触は…。
(……気の所為、だよね)
 考えても仕方がないと言い聞かせ、私は立ち上がろうと試みた。
 その時―――。
 私の目の前に、目を奪われる程美しく、凛々しい。私が探していたであろう動物が現れた。
「……きつ…ね………?」
 私は学んだことを思い出す。キリッとした瞳、大きくピンと立った耳、大きくフワッとした尻尾。キラキラと輝く金色の毛並み。それは紛れもなく狐のように感じた。
 日差しも木々の間を抜ける僅かな光しかないのに、目の前にいる狐は神々しく見えて動物相手に身構えてしまう。