「……はい、存じております」
 私は母との会話と、記憶を思い返して答える。
 母と私の元へ現れた時のこと、私達二人の為に、穏やかな日々を与えてくれたこと。全てを教えて貰って、忘れていた思い出と向き合う。
「お母様は凄く嬉しかったと思います。あの日、あの場所で出会わなければ今はありませんから……幼い私も、深守とだから笑えてたのかもしれません」
「ホント、こぉんな小さかった結望がねぇ…大きくなっちゃって……しかも、アタシの嫁になっちゃったなんて、人生何が起こるかわからないわ」
 面白い事もあるもんだ、と扇子を取り出して扇ぐ。「アタシって重罪かも」と言いながらも楽しそうにニマニマ笑った。
「し、深守がずるいからです……っ。いつもいつもあんな……」私は目を逸らすと、深守の胸元を軽く押して距離をとる。「好きにならない方が、おかしいですから……」
「……そうさね、アタシ……ずるいかも。いつの間にか、アンタに振り向いて欲しくてワザと行動してたところもあったから。幼子のアンタにはそんな事、一度も思ったことなかったのに……まぁ、思ってたら源氏物語過ぎるケド…なんて」
 口許を隠しながら深守も目を逸らした。
「でも……、この先生きていく上でアンタしかいないと思った。これは本当」
 私の頬に手を伸ばす。大きく、凛々しい掌が私を包み込んだ。少しだけ首を傾げて、深守の掌に擦り寄る仕草をする。深守の手はいつも、あたたかい。
「ふふ、可愛い」
 そんな私を見て深守は微笑む。
「……アタシもね、あの時アンタ達二人に出会ったからこそ今があるのよ。……だから、ありがとね」
「こちらこそ、ありがとうございます」
 私は深守に向かって深くお辞儀をする。出会いと、日々の感謝に。私達を繋げて下さったお母様にも頭が上がらない。
「ねぇ、結望……。頼りないアタシだけれど、これからも……アンタの為に生き続けるわ。だから末永くよろしく頼むよ」
「はい、もちろんです。私こそ、改めてよろしくお願いします」
 二人だけで、誓いの言葉を交わす。
「――それ」
「わっ」
 深守は私を横向きに抱きかかえると「軽いわね」と笑いながら、くるくるその場を回った。昔を彷彿とさせるような、優しい抱っこに私も笑みが溢れ出す。
「結望、愛してるわ」
「私も……、深守を心から愛しています」
 月明かりに照らされながら、私達は唇を重ね合った。
 今まで吹いていなかった風が、ふわっと、私達を包み込むように吹き抜ける。それはまるで祝福のようで、心地の良い風だった。