私は敢えて振り向かず、その音の主であろう人に声をかけた。
 “彼”は一度立ち止まり、私の言葉を聞き入れる。だけど、再び歩き出し、畳を抜け縁側へと足を運ぶ。
 ゆっくり、だけど着実に近づいてくる音に耳を傾ける。
 足音が止まり、今度は後ろで着物が擦れる音がした。
 その人は背面から私を抱きとめて、蹲るように顔を近づける。鼓動と吐息が直に伝わってきて、目頭が熱くなった。
 私は溢れそうになった涙を堪えながら、
「ずっと、ずっと待ってたんですよ。この一年、強い鬼族の血を持つ方達の縁談のお話を何度か頂いていたんですけど……、貴方の事を考えたら……有耶無耶になってしまいました」
 回された腕に自身の手を添える。
 彼は「えぇ」と相槌を打って、少しだけ抱き締める力を強めた。私の心臓の音も早まり、それが逆に嬉しさを覚えた。慣れ親しんだ温もりを全身で受け止める。
「……もう、一年です。貴方を待ち続けて、私は…今日で十八になりました。貴方から授かった命は――今年も歳を重ねることが出来ました」
 あれから更に時が経っていた。
 鬼族は然ることながら、村では波柴兄弟が機会を見計らい、妖葬班の裏事情を知る者として全てを公表、謝罪を行った。
 指示役の上役達は、村を信じ、騙されていた妖葬班の若者達から罰を与えられたと聞かされた。実験材料だった妖達は勿論解放、地下室は封鎖された。
 村もこの一年で環境が大きく変わった。何十、何百と続く妖葬班という名前の統治者達が居なくなったのだから。
 私も村人と同じくして知り、妖達が解放されて良かったと、心から安堵したのだ。
 元妖葬班の班員達はこれからの村の為に動き出し、人と妖の血を持つ想埜や、鬼族の折成含む人達は共存への道を着実に歩んでいっていた。
 人と妖との関係は完全に良好――とまではまだ言えないけれど、時間をかけつつも良くなっている。
 それは私が待ち続ける彼も願っていたのではないだろうか。人間と妖が少しずつ手を取り合っていける世の中を。
 彼にとっての空白期間のこと、嬉しい事から何から、伝えたいことが山ほどある。
 だけど、その前に、真っ先に貴方に言いたい。言わせて欲しい。
 私は無理矢理身体を後ろに向けると、