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 夜風に当たりながら、私は縁側でお茶を飲んでいた。
 風はまだ冷たく、何かを羽織っていなければ大半の人は風邪を引いてしまうだろう。私はそこまで気にしないのだけれど、黄豊さんに「いけません」と言われてしまったものだから、厚手の羽織を用意してもらって、肩に掛けている。
 深守とも似たような事あったな、と思い出して少しだけ笑みが零れる。
「……疲れた」
 ぽつ、と呟く。長年鬼族を支えてきた貴人達が引っ張りながらではあるものの、鬼族の長――基、お姫様? になったが故にやる事が多くて軽く倦怠感を覚えていた。
 だけど他の鬼族の皆や、村の一部の人達からは良くして頂いており、なんとか楽しい日々を過ごしている。
 少しだけ冷めたお茶を口に含んで、小さく溜息を吐いた。
 鬼族の元で住まわせて貰っているが、その屋敷にある庭が私は好きだった。庭に植わっている桜の木がとても立派で、月明かりに照らされている姿が優美で圧倒される。池に反射しているところも、なんとなく好きなところ。この時期だけしか見れない特別な景色で、疲れた体を癒してくれる。
 だから私は、いつも此処に座ってお茶を飲んでいる。皆が寝静まったであろう深夜に、こっそり楽しむ一人の時間。
 誰も邪魔をする人はいないし、とても平和だ。
 私はそよ風に合わせて大きく深呼吸をした。いつもの様に目を閉じて、草木の音に耳を傾ける。
 サァサァと揺れる木々と、春の目覚めを喜ぶ生き物達の鳴き声が心地良い。
 そんな時、突然後ろの方から、カサッと、畳を踏む音が聞こえてくるのがわかった。
 いつもとは違う感覚――だけど、よく知った足音の癖というのか。
 それが誰なのかすぐにわかった。

「……遅いです」