考える度ぐるぐると目が回ってしまう。処分だけはやめて。そう訴える眼差しを向けながら、空砂さんは私から視線を外すことなく述べる。「まだ捨ててはおらぬ」
「じ、じゃあ……返して頂けませんか……それだけでいいんです。……大切なものなんです」
 あの笛さえあれば、あの宝物さえあれば乗り越えられるはずだから。そう願ってみるものの、空砂さんが良い返事をする訳もなく。
「花嫁は無垢な姿でいるものじゃ。今必要ないものは渡せぬ」と彼にしては理にかなった発言をするものだから何も返せなくなってしまう。「……着替えを済ませるのじゃ」
「…………」
 空砂さんは手にしていた白無垢らしきものを差し出した。此処にいる限り極力大人しく従うつもりでいるが、手首を鎖で繋がれてしまっているのにどうやって着替えたら良いのだろう。
 空砂さんと手元を交互に見遣り訴える。
「後程結婚式を執り行う。侍女を寄越す故大人しくしておるがよい」
「………はい」
 鎖に目線を落としながら頷く。空砂さんは白無垢を置くとすぐに居なくなってしまい、また取り残された私は嵐の前の静けさというのか、これから起こるであろう事を冷静に考えてしまう。恐怖が一気に襲ってくる感覚があった。
 ここに来て逃げ出したい気持ちが出てきてしまうが、首を大きく横に振った。折成さんとご家族の事を考えたらそれは出来ない。私だけで済むのなら絶対にその方がいいから。それに耐えればきっと、彼らは迎えに来てくれる。信じると決めたのは自分だから、皆ならきっと大丈夫。生きている。
 だけどもっと慌ただしい生贄生活と思えばそうではなかった。まだ午前ということもあり里は静かだし、絶対に逃がさないと言わんばかりの蔵や牢獄に押し込まれているわけでもない。手入れが行き届いた綺麗な部屋に、私には勿体ないくらいの高級そうな布団と寝間着に身を包まれている。花嫁らしい待遇と考えれば普通なのかもしれないが、鎖を付けられている点で言えば、私が普通ではないという事の証明にもなっている。
 そして、私の誕生日までまだ日にちはあるはずなのに、今日結婚式を執り行うと空砂さんは言った。やっぱり空砂さんは出鱈目で、全くもって話の読めない人だった。
(改めて時間が無さすぎるわ……。笛も返して貰えないし)
 侍女の方が来るまでの間、どうにか策を練られないかと立ち上がってみる。鎖は手首間だけで済んでおり、どこかへ繋がれているということもない。この部屋を出ても良いのかは不明だけれど、出られないこともない。
 布団を剥いで、畳に立ち上がった。よくよく見れば畳も新調したばかりの様で、綺麗な若草の色合いと、い草の香りがほんのり漂っていた。