「だけど僕は此処を離れるわけにはいかないんです。兄さんや村の人達の期待を裏切る行為は僕にとって一番の裏切りですから…っ!」
 海祢はもう一度力をぐっと込めた。昂枝は倒れまいと必死に抵抗する。
 涙を流しながら訴えて、だけど自ら悪の手に染まろうとする姿に心臓に針を刺されるような痛みを感じた。
「最悪です」
 海祢は嘆きながら短刀に手を掛けると、勢い良く昂枝の手首へと刃へと向けた。
「……っ!?」
 昂枝は驚き身を竦めるが、手首に巻かれていた縄が解けている事に気づき呆気にとられてしまう。
「二人を連れて行って下さい。兄さんは僕が引き止めます」
 海祢は刀を構えると実の兄である海萊に刃を向けた。同時に昂枝は深守と想埜の元へ駆ける。
「海祢…、お前も俺達に楯突くのか」
「違います、兄さん…。無関係な人達を返すだけです」
 海萊は「馬鹿げた事を…」と呟くと、昂枝を追いかけようとする。しかし海祢はいつもの任務のように、海萊という獲物を狩るかのように刀を振るったことで、弟が本気だと自覚した海萊自身も刀で応戦する事となった。
「――馬鹿狐! 想埜!」
 昂枝は二人の元へ向かうと、先程から手に持っていた刀を使い縄を解いた。
「想埜っ、起きろ想埜!」
 身体を大きく揺らすもののピクリともしない。
「この子ずっと目覚めないのよ…! アタシも何故か人間になれないし…」
「此処に居る事が原因か」
「…そうみたい。この姿じゃ戦えないし、庇ってくれてる間に早く行きましょう」
 眠り続ける想埜を何とかして背中に担ぐと、昂枝と深守は元来た道を戻るように走り出す。
「――っありがとな!」
 去り際に感謝を述べると、海祢は海萊と対峙しながら少しだけ困ったように笑った。