「此処まで来て抵抗とは馬鹿ですね…」
「まぁ俺は馬鹿だからな」
 海祢は海萊と違い、すぐ刃を向けることはしないらしい。ただわかるのは、やはり強いということ。壁に押し込まれて結局立ち往生だ。
「昂枝、アンタ弱い癖して無茶し過ぎよ…っ!」
「お前もだろうがっ! バーカ!!」
 狐姿の深守は拘束され横たわりながらも、心配そうに昂枝を見詰める。色々な事が起きすぎて鬱憤が溜まっていた昂枝は、そこまで強いわけではなさそうな割に、鉄扇子だけで立ち向かって行く馬鹿狐に言われるのが癪に触ったのか、周りにお構い無しに声を荒げた。
「あ~~~もう、最悪だ。早く全部終わってくれ…」
「あの…昂枝さん、僕が目の前にいるのわかってますか」
「おう、お前は優しいな。何もせず待っていてくれてるなんて兄上様とは大違いだ」
 昂枝はヤケになり、その場に似つかわしくない笑顔を海祢に向ける。
 海祢は昂枝の胸ぐらを掴んだまま、はぁ、と溜息を漏らした。
「……なぁ、お前は…海萊の言う事しか聞かねぇけどよ。実際のところどうなんだ」
「どう…ってなんですか」
「お前も悩んでないのか。妖葬班の事で」
「…………………悩んでないです」
「大分間が空いたな」
「……………」
 海祢は冷淡な顔立ちで表情もあまり変えないが、心底嫌だという目をしていた。
(だけど絶対、こいつも俺達と同じ立場だろうに…)
 仲間になってくれたらどれ程良いか。昂枝はそう思うが人生とは難しいものだ。今置かれた状況のように。
「海祢、何ぼうっとしているんだ」
 黙り込んで動かない海祢に海萊は少しだけ怒りを見せる。
「海祢……!」
「っ…やめてください!」
「……!」
 海祢は海萊の呼び掛けに対し否定すると、珍しい弟の反発に驚いた海萊は足を止めた。
「何で、…何でそんな事言うんですか…!」
 昂枝の着物を掴んだまま、下を向いて訴える。
「嫌に決まってるじゃないですか…っ。嫌ですよ、こんなの……想埜を見捨てるなんて。出来るわけないじゃないですか…!」
「お前…やっぱり……」
「うるさい…! 僕は妖葬班をより良いものに変えたいんです。でも、いざ上の方の立場になってみて、やっと知った現状はこの有様で、正直…頭がいっぱいいっぱいなんですよ。貴方もそう思うでしょう? これを見たら…、全てが嫌になりますよね」
 昂枝は視界に入る度、ぐらぐらとするような気持ち悪さに襲われる。それは海祢も同じだった事。結望が思っていた通り彼も自分達と似ていて、尚且つ助けたいと思ってしまうくらいには。なんてお人好しな感情だと自身に笑う。