夜にしか会えない魔女は夜がキライ

魔女とは、魔術を行える人のことで多くは女の人らしいんだけど稀に男の人もいるんだとか。

はるかむかーしの昔過ぎて、今はそんな力あるわけないって穂月は言うけれど。

「だって魔女だから太陽の光が苦手なんでしょ?」

人より色素の薄い瞳に真っ白な肌は太陽の光を浴びることができない。浴びると溶けるような痛みを感じ、時には記憶を失ってしまうほどに。

だから穂月はどんなに暑い日でも全身を覆うような服を着て、お出かけは太陽の沈んだ夜しかできない。

「そんな言い伝えはないけどな」

まぁ確かに聞いたことはないけど、ドラキュラじゃないんだし。でも現代で生きていくにはそれなりの代償があるって。

月華(つきか)ママ言ってたよ」

「母さんは信じ過ぎなんだよ」

……。

そうかなぁ、あたしも信じてるけど。

きっと魔女はいるって。
今もどこかに、ひっそりと暮らしているよ。

「にゃ~」

どこからか鳴き声が聞こえた。
木々に囲まれた丘は真っ暗でどこに何があるのかもよくわからないけど、この鳴き声は…

「猫だ」

あたしがキョロキョロしているうちに穂月はすぐに見付けてサササッと草陰に向かって真っ直ぐ歩き出した。置いて行かれないようにあとをついて穂月がしゃがんだ先を後ろから上から覗き込む。

「あ、黒ねっ」

「シャーーーッ」

ちょっと目が合っただけなのに威嚇(いかく)された。

え、めっちゃ睨んで歯出してくるんだけど?なんで??

「どうした?迷子か?」

「にゃ~ん」

「……。」

頭をなでる穂月に甘えた声で鳴いている。すりすり穂月の手に頬まで寄せちゃって、すごい懐いてる。

「お前、寂しいのか?」

「にゃ~」

私と態度違い過ぎる!!!

「やっぱ魔女じゃん!」

「は?何言ってるんだよ、猫が寄って来たぐらいでそんなわけないだろ」

「猫じゃないもん黒猫だもん!」

魔女は黒猫を聖なるものとして飼ってたって、だから魔女と黒猫の関係は深いって月華ママ言ってたもん!黒猫は魔女の(つか)い魔だって言ってたもん!!

「猫は猫だし、ただの迷い猫だろ」

なでるだけなでて穂月が立ち上がった。

まだ物足りなそうな黒猫はにゃ~っと小さな声で鳴いていて、今度はあたしがなでてあげようかなってしゃがんだらやっぱりシャーッて毛を立てられた。

別に取って食おうなんてしようと思ってないのに!
「緋呂、そろそろ帰るぞ時間だ」

もうすぐ夜の9時、これは約束の時間。
穂月と一緒に外を歩いていい、唯一の時間。


毎日たった1時間があたしと穂月がいられる時間なの。


「明日もまた夜の散歩しようね」

「晴れたらな」

「晴れでしょ明日は!」

「夜はわかんないだろ」

丘の上から階段で降りて行く、丘の上は一応公園だけどあるのはブランコとハゲハゲのジャングルジムとさびれたベンチくらいでこの時間は誰もいない。

でもそれがいいっていうか、誰にも邪魔されないところがいいの。


穂月と2人でいられるから。


まぁ今日は猫いたけどね。

「穂月、緋呂おかえり!」

「あーっ、満月(まんげつ)おばぁちゃん!」

家の前に着くと窓から満月おばぁちゃんが顔を出した。

「ばーちゃんまた何か作ってたの?すげぇ薬草の匂いするんだけど」

窓の向こうは満月おばぁちゃん専用のキッチンでよく何かを煮詰めたり燃やしたりしてて、ツンとした鼻を突くような青臭い香りがふわふわと漂ってる。そのせいで満月おばぁちゃんはその香りが沁みついちゃっていつでも薬草の匂いがする。

「もうすぐ緋呂の大事な試合の試験があるって言うからね、おばぁちゃん張り切っちゃったよ!」

背は大きくないけどふくっとした身体にふわふわくるくるの髪の毛は真っ白でいつでも真っ黒なベレー帽を被った満月おばぁちゃんはマントみたいに長い真っ黒のコートは夏でも欠かせない、太陽の光を浴びないようにって。指先まで隠すように真っ黒な手袋してる、絶対暑い。

「はい、緋呂がんばってね!」

「ありがとう満月おばぁちゃん!」

窓から水筒を渡してくれた。ほんのりあったかい。

「出場テストいつあるんだ?」

私たち中学3年生には最後の大会、その出場選手を決める大事なテストがある。これが最後の部活かと思うと力が入って毎日走り過ぎちゃうんだよね。

「今週の金曜日!今めっちゃがんばってるとこだよ!」

「そっか、…でもそれいいのか?変な薬入ってたり…」

穂月が怪訝そうな顔で水筒を指差した。

あぁ確かに、これは…

「大丈夫、大丈夫!」

満月おばぁちゃんがドンッと右手で胸を叩いた。

「これには魔法は使ってないからドーピングにはならないよ!ただのハーブティーだからね!」

そっか、なんだちょっと残念。
どーせなら入っててほしかったけど、本当に入ってたらドーピングになるのも困っちゃうか。

「でも何かあったら言いな、緋呂のことはいつでも守ってあげるから!」

ドンッと胸を叩いて胸を張る。満月おばぁちゃんが言うと心強いよね。

「じゃあ、しっかりね!」

「ありがとうおばぁちゃん!」
グッと親指を立てて窓が閉められた。すりガラスの窓は部屋の中は見えないけど、薬草の香りは残ったままだった。

「満月おばぁちゃんすごいね、また何か作ってるみたいだったよね」

「ばーちゃんはマジの魔女だからな」

「それも近所で有名なね」

実際はどこまで本当かわからない。

空を飛んだりビームを出したりなんてことはできないって満月おばぁちゃんが言ってた。


でもこっそり教えてくれたの。

魔法は使えるよって。
困った人たちを助けてあげる魔法ならって。


実際魔法使えそうな風貌してるしなぁ、おばぁちゃん。

「じゃあ緋呂またっ」

「あ、待って!」

もらった水筒を両手でぎゅっと握って、家の中に入って行こうとする穂月を引き止めた。

「何?」

「あのっ、さっき今週テストだって言ったじゃん?」

「うん」

「絶対いい結果出したいから穂月魔法かけてよ!」


ドキドキしちゃうこの瞬間はいつも、本当は穂月と目を合わせるのも必死なくらい。


でもあたしが魔法にかかる瞬間だから。


「…じゃあ目つぶって」

静かに目を閉じれば、そぉっとおでこに柔らかい感触が当たる。
そこからぶわっと熱が入り込むみたいに体が熱くなってぎゅんっと胸を突かれる。

本当に魔術が込められてるんじゃないかって思っちゃうくらい。



だからきっと穂月は魔女だ。



穂月の唇から魔女の力があたしの中に溶けていく。


「…じゃ、帰るわ」

「うん、また明日ね」

「おぉ」

まだドキドキ残る胸のままばいばいと手を振った。

…またコーヒーの匂いした。
満月おばぁちゃんは薬草の香りがするけど、穂月はコーヒーの香りがする。

穂月コーヒー好きだよね〜、なんて思いながら玄関のドアを開けた。
「昨日満月おばぁちゃんにもらったハーブティーすっごくおいしかったの!あれなんてやつなんだろ、穂月知ってる?」

「さぁ、ばーちゃんが作るやつはばーちゃんにしか作れないから」

「魔女のハーブティーは簡単には作れないか…!」

下駄箱でスニーカーから上履きに替えて教室まで、中学3年生の教室は3年生ってだけあって3階にある。今のはつまんなかったけど階段を上るのは足腰鍛えられるし私的には結構好きだったりするんだ。

「3階まで長…っ」

「穂月まだ2階だよ、3年生になってもう2ヶ月経つんだからいい加減慣れなよ」

あくまで私的には。

ザ・運動不足の穂月にはきついらしい。
部活やってないもんね、穂月。やっと教室に着く頃にははぁはぁ息切れしてるんだもん。

「こんちゃーんおはよ!」

「緋呂おはよ、十六夜くんもおはよう」

「…おはよう」

同じクラスのこんちゃんはくせ毛が悩みらしいんだけど、2つに結ぶとふわふわして可愛いからあたしは羨ましいと思ってる。とりあえず部活やるからボブヘアーぐらいにしとくかーって感じのあたしとは大違いでちゃんとしてるし。

「今日は十六夜くんと一緒だったんだね」

「うん、玄関で会っただけだけどね」

あたしとこんちゃんの隣をササ―っと通り過ぎて誰より早く自分の席についてリュックを下ろす、周りを見向きもしないで教科書を机にしまい始めるから…

「十六夜くん怒ってる?私なんか変なこと言っちゃったかな!?」

「ううん、あれが普通だからこんちゃんのせいじゃないよ」

穂月はちょっとだけここに馴染めていない、と思う。

みんなが夏服に変わる頃、穂月だけは変わらず長袖で外を歩けないからこんな天気のいい日は送り迎えがいる。今日も月華ママに車で送って来てもらって、ちょうどあたしとそこで会っただけ。

「十六夜くん暑くないのかなぁ、今日朝から暑いよね」

「うん、暑いけどしょーがないから」

あたしは穂月とちっちゃい時から一緒だからわかってるけど、きっと知らない人は…あんまりよく思わないのかなぁ。

「大変だね、十六夜くん肌白いから肌弱いんだろうね」

「人よりちょっとだけね」

「キレイな肌してるもんね」

それは確かに!
穂月の透き通る白い肌が焼けちゃうのはもったいない。そしたらあの長袖も意味あるかもしれない、なんてね。
今日はすごく天気がよかったけど、今日の体育は体育館でバスケだった。陸上ほどじゃないけど、バスケをするのもわりと得意で好きだったりする。

「緋呂ナイスー!最後のシュートよかったよ~!」

「ありがとうリコちん、ギリイケるかと思ったんだよね」

ピーッと体育館に笛の音が響いたら試合終了の合図、あたしたちの勝ちだ。

体育でも勝つと嬉しいよね!

ご機嫌でコートから出て次のチームと交代した。

「緋呂大活躍だったね~」

「楽しかったバスケ~!こんちゃんは…」

「え?なぁに?」

にこりと笑って無言の圧力をかけられた。こんちゃんはあまり運動が得意じゃない。

でもそれも人それぞれだからね、うん!いいと思う!

「あ、男子の方も試合始まったよ」

体育館を半分に仕切ってネットがかけてある反対側は男子が体育をしてる、今日は男子の方もバスケみたいでうちのクラスの男子の試合が始まっていた。

まぁうちのクラスということは…

「十六夜くん大丈夫?」

「……。」

コートの中でオドオドしてる穂月がやたら目立ってしょーがなかった。

穂月、何してるの…

全然バスケできてないじゃん!?
全然どうしたらいいかわかってさなすぎ!

てゆーかバスケのルール知ってる!?
動きが不審者すぎるよ!!

…あれだ、普段は体育は見学してるから。


体育館でやる時しか参加できない穂月の運動下手すぎ問題がこんちゃんよりえぐい…!!!


こんちゃんはできないなりにパス回してたよ!

もっと積極的にいかないと!

声出して!


そんなんじゃ…っ


「あっ!!」


シュッと勢いよく穂月のもとへ飛んで来たボールがドカッとクラッシュするように弾いた。

うわっ、今のはやばいんじゃない…!?
当たり方絶対おかしかったよ!

穂月の手に当たって跳ね返ったボールがコロコロと転がっていく…

「十六夜大丈夫か!?」

あぁーーーー…

試合が止まって先生が駆け寄って行った。

今のはきっと大丈夫じゃない…よね?
絶対ケガしたよあれは!

しかもたぶん、本当は違う子にパスしたかったんだけど一応参加してた穂月がコートの中をウロウロしてるから投げたら当たっちゃったみたいな…

「十六夜くん行っちゃったね」

「あれはきっと保健室だよね、あたしもあとで行って来る…」
体育が終わるとすぐに保健室まで走った。次は給食だからちょっとくらい遅れてもいいし。

「穂月大丈夫!!?」

勢い余って引き戸を引いたからバンッて大きな音が鳴るくらい豪快にドアが開いた。

「朝見さん、ここは保健室ですよもう少し静かに」

(ともえ)先生すみません!穂月手は!?大丈夫だった!?」

丸椅子に座った穂月は保健の巴先生の手当を受けて、右の人差し指と中指にぐるんぐるんに包帯が巻かれて…

うわー痛々しい。
細くて白くて指さえも華奢なんだよね、穂月は。

「痛い?」

「あぁ、大したことは…痛ッ!触ったら痛いに決まってるだろ!!」

「あ、ごめんつい気になって」

たまにしか参加しない体育でケガとか、ツイてないというかなんというか…

「運動不足からの突き指ね」

それは本当巴先生の言う通りだった。

黒縁メガネにモコモコした髪の毛を1つに結んだ巴先生はたぶんまだ20代…ギリギリくらい、だから話しやすくてつい居座りがちになっちゃう。

「太陽の下にはいられなくても、もう少しは運動した方がいいわ」

「そーなの、巴先生もっと言ってやってよ~!」

「でも少し顔色良くないね、少し休んでいく?」 

「え、穂月体調よくないの!?」

「…朝見さんはいつでも元気ね」

まぁこんな感じで巴先生とは仲がいい。
よく穂月が保健室にいるってこともあるけど。

「いえ…、今日は大丈夫です」

穂月がゆっくり立ち上がる、確かにあんまり顔色よくないような…久しぶりの体育だったし疲れちゃったのかな。

「そう?じゃあまた何かあったらいつでも保健室来てね」

「…はい」

ぺこりと頭を下げて保健室から出て行く穂月のあとをついて一緒に廊下に出た。

あんまり元気そうじゃなくて心配なんだけど大丈夫かな…

「穂月ほんとにいいの?休んでかなくて大丈夫?」

「あぁ、別に」

保健室は下駄箱のある玄関の隣にあって、それはつまりここから教室までは階段を上って3階まで行かなきゃいけない。

…穂月大丈夫かな?

「あ、ねぇケガは!?」

「全然、もう治ったし」

スタスタと歩きながらスルッと巻いてもらった包帯を外した。

「!?」

わかりやすく2度見しちゃった。だって傷ひとつない細くて白い華奢な指が現れたから。

え、突き指って…っ

「なんで…!?」

思わず食い付くように指を握った。

“触ったら痛いに決まってるだろ!!”

「……。」

え…

本当に何ともない。

熱くもないし腫れてもない、本当に治ってる…?

「最初から大したことないんだよ」

あたしを見てくすっと笑った。

スッとあたしの手から離れて行ってかすかに微笑み階段を上がって行く。


やっぱり魔女だ。


自分のケガをも簡単に治せちゃうなんて、やっぱり魔女だ…!
午後になっても今日はいい天気だった。
昨日あれだけ星が見えただけはある、きっと今日の夜も鮮やかな星空が見えるんだろうなぁ。

「緋呂ばいばーい!」

「ばいばい~、また明日ね~!」

部活が終わってみんなに手を振って校門から出る。部員は何人かいるけど帰り道まで一緒の子は意外といなくて、ここで別れることが多い。


だからいっつも1人で帰ることになるの。


まだ5時半を回ったところ、この季節の日の入りは遅いから。

しかも徒歩通学だからちょっと時間かかるんだよねー 
歩くのは嫌いじゃないし、むしろ好きな方だけどなんだか少しだけ…

「あ、アジサイ咲いてる!」

こないだまではちょっとずつって感じだったのに今日見たらバァーッて花開いてるじゃん! 

ちょこんっとアジサイの前にしゃがんだ。

「キレイな青色だなぁ」

くすみのないハッキリと濃い青色をしていた。まだ太陽の光が照らしているからそんな風に見えるんだと思う。

「穂月は見たことあるのかな、穂月にも見せたいなぁ…」

こんな明るい時間に出歩くことはないから、こうやって陽の当たる通学路を一緒に帰ることもない。


本当は穂月ともっといっぱい一緒にいたい。


今日学校でこんなことがあったんだって笑い合いながら隣を歩きたい。

夜だけじゃなくて朝もお昼も、穂月といられたらいいのに。


なんて、そんなのあたしのわがままだけど。


「…帰ろ」

すくっと立ち上がった。

今日は天気がいいんだ、てことは夜には会えるしね。夜には一緒に散歩できるもん。

それでいいよ、うんそれでいい。

「早くかーえろっ」

るんっ♬と一歩足を踏み出した。

帰ったら宿題して夜に備えなくちゃ、今日の宿題はなんだっけ?数学と英語と…って考えながら家の前まで。
玄関の柵を押して中に入ろうかなって手をかけた。

「あのっ」

小さな男の子に話しかけられた。

たぶん小学校1年生?2年生?くらいの黒のランドセルを背負って、あたしを見てるんだからあたしに言ってるでいいんだよね?

「えっと…なにか用かなぁ?」

穂月は魔女じゃないって言うけれど、魔女が住んでる家ってことは近所じゃ有名で。

「魔女の家ってここですかっ」

魔女はいるってみんな信じてる。
「穂月ぃーーーーーーー!!!お客さんだよ、魔女を訪ねて来たお客さん!!!」

話を聞いてすぐさま自分の家ではなく穂月の家のドアを叩いた。

隣の幼なじみの家なんだ、あたしと月華ママはツーカーの仲で遊びに行けばすぐ穂月の部屋まで通してくれる。
ちなみにツーカーの仲って月華ママが言ってたんだけど意味はよくわかんない、たぶん言わなくてもわかるとかそんな感じ!

「…訪ねて来たお客さんって何だよ、そんなの俺じゃなくてばーちゃんに言えよ」

穂月の部屋のドアを開けると、勉強中だったみたいで机に向かってた。

「だって満月おばぁちゃんサバト行っちゃっていないんだもん」

「サバトじゃなくてただの井戸端会議だろ、魔女用語使うな」

はぁっと息を吐いて頭を掻いた。めんどくさそうな顔をされたのはわかったけど、これはぜひ穂月に聞いてほしい。

「それでねっ、お客さん!こっちこっち入って!」

手招きをして部屋に入るように促した、さっきの小さなお客さんの肩をとんっと押すようにして紹介する。

「小学校1年生のトキくんよろしくね!」

「………はぁ?」

さぁっと言って穂月の座るイスの前にトキくんに座ってもらって、その隣に同じように座る。

「よろしくって何をっ」

「猫!」

「は?」

「探してるんだって!」

ねってトキくんの方を向けばうんと頷いて顔を上げた。

「…猫がいなくなっちゃったんです、ずっと一緒にあそんでたのに急にどっか行っちゃって」

うるうると目を潤ませて、小さな口でゆっくりゆっくり声を出す。

「ここに…魔女がいるって聞いたんです、魔女と猫は仲良しだからって聞いて…」

穂月が教科書の隣に置いてあったカップを持ってごくんと一口飲んだ。たぶんあれはコーヒー、ふわふわと香りが漂ってるから。

「だから見付けてもらえませんか…?」

「……。」

「魔女さん!!」

「ブフッ」

あ、吹いたコーヒー。飲みながら聞いてるからだよ。

「…俺は魔女じゃないんだよっ」

「でもおねえちゃんがここに魔女さんがいるって…」

キッと睨みつけて来る。

あ、やばい!なんか怒られそう…!

「あ、あのね!違うのっ、これは穂月にしかできないことだよ!」

だからあわてて付け加えた。ここに来る前にトキくんに聞いたことを、それで穂月に聞いてほしいって思ったことを。

「いなくなった猫は黒猫なんだって!」
それを聞いた瞬間ピンと来たから、その黒猫ってー…



「いないな、今日は」

「そっか~~~ずっとここにいるわけないよね~~~」

夜の8時、いつものように穂月とここへ来た丘の上。街灯が少ないから暗くて見にくいけど、どこかにいるんじゃないかって思いながら昨日見かけた黒猫を。

「というかあの猫がトキ…くんの探してる黒猫とは限らないと思うけど」

「でも可能性だから!うちの近所じゃ黒猫とか見たことなかったし、昨日見て今日探してる子がいるんだもん可能性高いでしょ!?」

「そうか?黒猫なんてよく見るけど」

「……。」

ここもさすが魔女!って突っ込むとこなのかな?

眉間にしわ寄せて解せない顔してる。

それとも魔女ジョーク?どっちなの??

「…あれが、本当に探してる黒猫だとしても1日経ってるんだそう簡単には見付からないだろ」

「うん…」

丘の上って言っても階段で20段くらいのちょっと小高い丘だから、昼間はあたしたちだけじゃない他の人も来るだろうし、一応公園だし。
昨日だって偶然見かけただけだもん、今はどこにいるのかわからない、か…

「勝手に引き受けてくるなよな」

「ごめん…、どうしても心配で」

トキくんもそうだったように、あの黒猫もそうなのかなって思ったら見つけ出してあげたくなった。1人でいるのは不安だよね。

「物陰に隠れてるのかな、うーん…こっちにもいないな。緋呂そっちはどう?」

「ううん、こっちもいない!」

「そっか、じゃあもうちょっと向こう探してみようか」

…なんだかんだ言いながら探してくれる、結局穂月は優しいから。

「この辺にいてくれると助かるんだけど、早く見付けてやらないと可哀想だし」

同じように心配もしてくれる。

魔女は困ってる人たちを助けてたって言ってたけど、穂月も困ってる人を絶対放っておかない。

そーゆうところも魔女の血が流れてるんじゃないかな。


穂月のそーゆうところ、あたしは好きだよ。


「全然いないねっ」

「もうここにはいないのかもな」

「やっぱどっか行っちゃったのかな~、どこ行っちゃったんだろ~!?」

1時間ずっと探してもいなかった。丘を囲ってる森の中にもいないかなってそっちも覗いてみたけどそれらしきものはいなくて。

「いないだろうな、気配もないし」

「気配とかわかるんださすが魔女!!」

「魔女じゃない!」