「この街は初めて?」


大きな旅行用のトランクに目を向けながらわたしは問いかけた。


目の前の、わたしと二十五センチ……以上は身長の違う男に。


「そう、初めて」


なつかしい、数回しか嗅いだことのない紫煙の香りが鼻腔をくすぐる。


「会社は……」


「異動届を毎回出し続けてやっと赴任になったんですよ。イスタンブール支社にね。ああ、ちなみにうちのイスタンブール支社も今は閉鎖中で、赴任地はブルガリアのソフィア。ブルカスとは、うーん? 車だとどのくらいかかるんだろう?」


「ソフィア……なのね」


「そう。ニューヨークの本社から希望を出せば簡単に通ると思ってたのに、二年もかかるとはね」


「あなたが優秀だから手放したくなかったんじゃない?」


「そうかもね」


「自分で言うのね」