あのとき、一瞬の迷いがあった。

 苦しそうな表情を見て、二人をてんびんにかけたの。夜宮先輩と王河さん、どちらを信じたらいいのか。

 そばで守ってくれていたのは、先輩なのに。

「あれはダミーだよ。リリアを追うとき、チグサがくれたんだ。本物はこっち。おそらく、兄さんも気づいてたはず」

 夜宮先輩の首には、エメラルドグリーンのペンダントが下げられていた。
 よかった。ホッとするけど、王河さんのセリフがよみがえる。

【紅羽が、嘘をついていたとしても、同じことが言えるか?】

 ブルブルと首をふって、そんなことないと言い聞かせる。
 この優しい夜宮先輩が、わたしをだましているなんて、ありえない。

「兄さんは、おだやかでいつも冷静な人だった。誰かを守るためなら、自分は傷ついてもかまわない。ずっと、僕の憧れだった」

 分厚い表紙をさわりながら、先輩がなつかしそうな目をした。

 本をめくる横顔に、ゆっくりとうなずく。
 わたしも同じ。王河さんは、おとぎ話の王子さまみたいで、不思議と心がひかれたの。

「小さいころ、寝る前によく本を読んでもらったんだ。その時間が楽しみでしかたなくて」
「わたしもです。お母さんが童話を読んでくれました」
「そう、僕は兄だった。こんなふうに」

 本のページがキラキラと輝いて、絵が浮かびだす。心地よい先輩の声が、ナレーションのように響きはじめた。