「封印するなら、今がチャンスだぞ。リリア」

 わたしだけに聞こえるような声。
 無防備な状況で、今なら呪文を唱えることができる。ふいをついて、ネックレスを取り返すことも──。

 でも、動けない。わたしには、できない。

 切なそうに向けられた手が、こちらへ届くことはなかった。
 すばやくわたしを抱き上げて、夜宮先輩が空を飛んだから。

「あの人は、もう以前の兄ではない。危険すぎる」

 逃げる窓ごしに、王河さんがこっちを見ていた。追ってくる気配はない。

 先輩の言う通り、わたしたちの知る王河さんではなくなっていた。言葉づかいや雰囲気も荒々しくて、誰かを傷つけてまでネックレスを手に入れようとした。

 ただ、瞳の奥は、変わらない気がするの。


 屋敷へ戻った頃には、すでにあたりは真っ暗。心配した様子で、チグサさんが出迎えてくれた。
 遅いから送っていくと言われたけど、断ったの。今日は、先輩と一緒にいたいって。

「空き部屋がありますから、そこを使ってください」

 チグサさんが案内してくれたのは、小さめだけど可愛らしい小物がたくさんある部屋。
 すぐに気に入って、用意された部屋着に着替え終えると、コンコンとドアがなった。

「はい」
「少しいいかな?」

 入ってきたのは、分厚い本を持った先輩だった。
 ベッドの中心に二人並んで、本をのぞき込む。肩が当たって、ドキドキした。

「僕たちの事情に巻き込んでしまって、リリアには申し訳なく思ってる」

 ううんと首をふって、戻ってからずっと気にしていたことを話した。

「わたしの方こそ、ごめんなさい。わたしのせいで、ネックレスが奪われちゃったから」