「なんのこと、ですか?」

 心当たりがなくて、パチパチとまばたきをする。

 地下の……氷?
 思い出した。永遠の入り口にあった氷の中に、人形のような男の子がいたこと。
 目を閉じて、呼びかけても動かなかった。

 まさか、夜宮先輩のお兄さんだったとは、思いもしなかったけど。わたしが呪いを解くなんて大それたこと、できるわけがない。

「俺と(ちぎ)りを交わしてくれ」
「ちぎり?」
「花嫁になる契約だ。紅羽ではなく、俺と」

 ピッと立てた人差し指に、小さな光が現れた。この赤色を知っている。
 夜宮先輩と、恋の契約をしたときに見たものと同じだ。

「約束しただろ。大きくなったら、君をさらいに行くって。忘れたのか?」

 ドクンと心臓の音が跳ねた。
 ずっと憧れていた人が、目の前にいる。花嫁になってほしいと、告白された。

 でも──。
 わたしは、小さく首を横にふった。

「わ、わたしが今好きなのは……紅羽……先輩なので。王河さんとは、契約できません。ごめんなさい」

 困ったとき、危ないとき。いつも助けに来て、そばにいてくれたのは先輩だった。
 ぼんやりした憧れじゃなくて、好きという感情を初めて教えてくれた人。

 下げた頭を戻したとき、王河さんは背を向けた。

「……紅羽が、嘘をついていたとしても、同じことが言えるか?」