心の中に、声が聞こえた。誰かが呪文を唱えている。わたしのくちびるも、真似て言葉をつないでいく。

『悪に死せる……(のぞ)みの月よ』

 赤い輝きが増して、そっと手を広げた。
 部屋中に星くずが散らばるみたいに、キラキラとしている。

『解き放て』

 吉田先生の黒いうずが途切れて、無防備になった。

「……や、やめろ」

 どうか、力を貸してください。


『──イニティウム!』

 心の声と重なったとき、強い光に包まれて、地震のような地響きがした。吉田先生は叫びながら、ネックレスへと吸い込まれていった。

 シーンとしずまりかえった資料室で、自分の息づかいだけが残っている。

 終わった。封印できた。

 一気に力が抜けて、その場に崩れ落ちる。となりで夜宮先輩が抱き止めてくれた。まだ、心臓がドキドキしてる。

「無事でよかった。最後までよく頑張ったね」

 先輩のシャツから、ほんのり甘い香りがした。
 ミルクティーのような、ストロベリーティーのような。初恋の匂いと似ている。


 吉田先生がいなくなって、数日が過ぎた。
 突然連絡が取れなくなり、姿を消したということで、校内ではいろんな噂が流れている。

『神隠しにあった』とか『夜逃げだ』、はたまた『吉田先生という人は、元々存在しなかった』なんて都市伝説に仕立て上げたい生徒も出てきた。

 実際のところ、真実を知るのはわたしと夜宮先輩だけ。あと少ししたら、みんなの記憶から消えているだろうと、夜宮先輩は言っていた。

 悪魔が封印されると、その人物の存在もなくなるらしい。